師匠の薀蓄・・・罪について




「罪」には2つあります。
 
社会規範や法律では咎められることはなくとも、
来世を担保に入れて人生を考えるとき、
明らかに霊的に、道義的に責められるべき罪、
そういう罪のことを英語では「Sin」と言います。
 
また逆に、宗教的、道義的にはまったく問題なくとも、
法律や社会規範、常識というルール上責められるべき
罪のこと、つまり“犯罪”のことを「guilt」と言います。
 
例えば、路上駐車でおまわりさんに取締りを受けたとします。
これは社会規範的、道路交通法的には「罪」ですが、
では、これは道義的、宗教的な罪と呼べるでしょうか。
路上駐車は、たまたま現代社会の中で、道路の通行に
支障がでるからという理由で「罪」となっているだけです。
厳密に言うと、路上駐車自体は、来世を動向を左右するほど
のさしたる重要性を持っていません。
でも、現代社会では、この路上駐車の罪をはじめとして、
道路交通上の取り締まりの反則金、罰金はきわめて重いのです。
つまり、これは「Guilt」ですね。
 
では逆に、会社に勤めるA子さんという女性が、社内で上司と
不倫関係になったとします。
上司には奥さんも子供もいます。それでも「関係ない、自分に正直
に、欲しいものはGETしないと気がすまない」と上司に関係を迫りま
した。
その後、上司は奥さんと離婚し、家庭は破壊されました。
自分の欲求の赴くままに、自我を通したA子さんですが、
彼女は法律的には何の問題もなく、「自由を謳歌した」だけです。
しかし、彼女は大きな罪を背負ったといえるのです。
これが「Sin」です。
 
では、この「Guilt」と「Sin」、どちらが重大な罪かというと、
当然「Sin」なのです。
「Guilt」など、浅はかな人類が便宜上ルールとして作っただけで、
社会運営上は問題だが、宇宙の運行には関係ない「罪」です。
サッカーでいう「イエローカード」みたいなものです。
 
一方の「Sin」はヤバイ。
末代にまでこの「Sin」の影響は続く。