白峰駿馬

今(2006/5)から数年前のことです。

師匠はあるグループから自分の前世を知らされました。
数人がテーブルにつき、それぞれが人名辞典を開いて一斉に「これ。」と
照らし合わせるというやり方で、前世を調べていたのです。
それによると師匠の前世は「白峰駿馬」であると出ました。
「幕末の造船技師で坂本龍馬とも親交があった人です。」と知らされた師匠、
(へええ・・・)

と、ここまでは半信半疑。

前世がわかってから三日後に師匠は「白峰由鵬氏」と、出会いました。
それまで師匠は白峰氏のことは知りませんで、仲介してくれた方によって
初めて白峰氏の名前を知りました。

この偶然に驚く師匠。
この「白峰氏」から二人には深い縁があることを知らされるのです。
半信半疑だった自分の前世ですが、俄然真実みを帯びて来ました。




http://www2.inforyoma.or.jp/~kaien/html/taishi6.htmに
実在の人物白峰駿馬の説明があります。
白峰駿馬
白峰駿馬  (越後)   
〈鵜殿捨三郎・鉄馬・豊之進・白峰駿馬〉

【弘化四年(1847)五月五日〜明治四十二年(1909)四月一日】

越後長岡藩士、鵜殿瀬左衛門の三男として長岡城下で生まれた。
白峰駿馬には二人の兄がいて、分けても異父の兄鵜殿団次郎は
父の死後、親代わりとなって何くれと無く面倒を見てくれ、
この兄から文武を含む多岐にわたって、
計り知れない程の影響を受けたのである。
この長兄団次郎は三十三歳の時請われて幕府に出仕、蕃所取調所の教授役に推挙され、
後に幕府御目付役にまで累進したほどの人物であった。

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文久二年江戸に出て、兄鵜殿団次郎の知己、勝海舟が頭取を務める
軍艦教授所に入所、勝海舟の門下生の一人となる。

その後元治元年四月に長岡藩を脱藩し神戸へ赴き、勝海舟の神戸海軍塾に入塾、
後に坂本龍馬や菅野覚兵衛、新宮馬之助、近藤長次郎等と共に
神戸海軍操練所で海軍術の修業に励んだ。

慶応元年三月、勝海舟が突然失脚したのに伴い神戸海軍操練所が閉鎖されたのを機に、
単独で長崎へ出て英語を学び、慶応元年閏五月には
坂本龍馬が中心となって結成した亀山社中へ参加する。
その後、坂本龍馬にその才を認められ、亀山社中から海援隊へと若き船将として活躍した。

慶応三年十一月十五日、坂本龍馬と中岡慎太郎が凶刃に倒れた時には、
同僚の陸奥陽之助と共に龍馬の身辺警護のため京都の酢屋に逗留していた。
此の様に、坂本龍馬が最も信頼を寄せていた若き海援隊士であった。
白峰造船

維新後の、明治元年十一月三日横浜を発ち、
アメリカに留学にする。
明治七年の帰国まで六年間、
ラトガース大学やアメリカ合衆国
ニューヨーク造船所で、
造船・機械の分野に就いて学んだ。

帰国後は、海軍省に籍を置き、
明治九年永代橋の際で二百トンの白峰丸を建造、
是が我が国洋式造船の嚆矢と云われている。

その後幾ばくも無く官を辞し、
明治十一年六月一日横浜神奈川青木町七軒町に、
日本最初の民間造船所である
白峯造船所を設立したのである。


一旦は軌道に乗ったかに見えた白峯造船所も、明治十八年二月倒産の憂き目を見るが、
明治二十八年六月大阪西区今木町で、そして翌年三月には
広島県呉市吉浦に白峯造船所を再建している。
その後も順調に業績を伸ばしていた白峯造船所だったが、
やがて訪れる金融恐慌からは逃れることが出来ず、
明治三十六年七月事業中止のやむなきに至った。

此の間にも終始一貫軍器の発明に挺身し、日清戦争で多大な
威力を発揮した鉄船軍器「端舟」を開発する等、いわゆる慷慨の士であった。
白峰駿馬は何事にも臆することなく、世上の富貴栄達を一切度外視し、
正に豪放磊落、自由奔放に激動の世を生きた。

そして明治四十二年四月一日、波瀾万丈の生涯を閉じた。 享年六十三歳。


この白峰駿馬は勝海舟の部下だったようですが、当時勝海舟と親しくしていた人がいます。
中居屋重兵衛です。
中居屋重兵衛と白峰駿馬は活動時期がずれているので前世では会っていないようです。



さて、今世です。

実は先日この二人は会いました。
重兵衛氏は師匠の情報誌の読者だったのでした(爆
私が重兵衛氏に
「実は師匠も幕末の造船技師だったそうで、重兵衛さんとは会っていたかもしれないですね。」
と、教えたら重兵衛氏が白峰駿馬を検索したのです。

そして重兵衛氏は先日師匠と会った時に、「実は・・・」と、名乗り出たそうです。
二人はなんと同世代で「ガンダム」の話題で盛り上がったそうです。
前世は同じ場所に居ながら時間的にずれていたので多分会えませんでしたが、
志は同じく「開国・維新」です。

重兵衛氏「今この時代に、同じ志をもって、出会えたご縁に心より感謝いたします。」
駿馬氏「中居屋重兵衛って凄い人ぢゃないですかぁ!よおし、助けてもらおうっと♪」

本当に、似た魂が今世で相手を引き寄せましたね。
波長の法則です。
こういうコトってあるんですね!(2006年5月23日)