インナー・チャイルド

「あなただけの絵」でおなじみのインナー・チャイルドについて
参考になる記事を載せています。

<子供時代の絵>(2007年3月3日)


ブログ「瑠璃猫」2007/2/27の記事より。



思い出したこと
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ふと思い出したけど、私は絵はへたくそな方だ。
褒められたためしがない。
保育所時代は、何で、あの子の絵ばっかり褒められて、
似たような私の絵は誰も褒めてくれないのか?少々ひがんでいた。
(今思うと、かなりひがみっぽい子だった)

その私が唯一褒められた絵が、小学校5年生の時の「長靴を履いた猫」
三日月の夜に、でかい長靴があって、そこに猫がいる絵だった。
先生が、どおって事のない絵だけど、この背景の紺色の夜空の色がとっても素敵、
こんな色はなかなか出せないのよ。
と言ってくれた。

それが本当に、唯一、芸事で褒められた記憶だった。(涙)
なので、余計よく覚えているんだろうな。
かなり不器用な子だったのだろう。

なんて事はないのだけど、

以前、桃龍さんに鑑定していただいた、私を守護する存在に、
月、猫、ラピス
とあったのを思い出した。
その夜空の色は、まさしくラピスの紺色…だった。

あの時から、もしかして、私は、月と、猫と、紺色にご縁があったのだろうか?

猫なんて、その当時も、大嫌いだったんだけど。

ふと思い出した話でした。

ちょっと、続き
そういえば、昨日の夢に、白い猫が出てきた。
白くて綺麗なペルシャ猫みたいなの。
ゴロニャンと、寝てる私の上をゴロゴロする。
何だ?と思ってたら、長男が寝返り打って、私のお腹の上で寝ていた。(爆)

とっても綺麗な猫だったので、きっといい夢だろうと勝手に思っている。



ミルーンのインナーチャイルド体験(2006年8月10日)

                    http://dagaz.jp/index.htm
4歳の自分
グループワークにて、今の自分にとって必要なチャイルド、という誘導に
幼稚園の、4歳くらいのわたしがでてきました。

誘導で、
その子をみて、どんな様子?とか
その子はなにを言っている?とか
いってましたが、何の返事もなく、何の表情もなく
ただつったっている女の子でした。
その子が嫌がらないようだったら、後ろに回って中に入って、とも言ってましたが、
それは出来そうもないな〜っとおもっていて、

そういうふうに、大人の部分で観察している自分は困り果て・・・
誘導では特に言ってなかったこと、しょうがないので手をつなぐことにしました。

そしたら・・・・とたんに涙をながしました。
その子の悲しみ・・・・
孤独・・・・
さみしさ・・・
孤立感・・・・
すべてが一気に伝わってきて、今のわたしが「ううぅ〜」って泣き出したのです。

誰かが近づいて、そっと、テッシュを渡してくれました。
涙を拭きながら、こんな何も言わない子供が、
悲しみを抱えていたのに、大人である自分がはじめてきがついたんです。

グループ退行を終えて、しばらくして、ホーっとしたままでした。
自分はとても寂しかったんだ、と気がつきました。
そういえば、幼稚園では孤独で友達があまりいなくて、
幼稚園はあまり行きたくない場所でした。
そんなことを思い出した体験でした。




6歳の自分
キーワードを使って退行してもらいました。とたんに、
私は「○○ちゃんが死んじゃうよ〜」って叫んでいました。
○○というのは1歳半違いの弟の名前。当時公園で、
弟が額に怪我をする事件があった、その場面に私はいました。
とても、焦っていて、弟は血を流している・・・とその公園にいる弟の友達に
聞かされた瞬間の出来事をありありと
おもいだしていました。

私がちょっと目を話した隙に、
自分が公園の目の前のお店でお菓子を買っている隙に、
おっちょこちょいの弟は怪我をしたらしい・・・。
本当かどうか確かめに、弟が遊んでいたという場所、
その場にいってみると、血の跡が点々と・・・・。
「○○ちゃん、『痛い、痛い』って言ってたよ」ってその子は言う。

「え〜なんで・・・・。どうして、そんな怪我を・・・・
私のせいだ、私が見ていなかったから、
私がお母さんとの約束を守らなかったから、
お母さんが、『○○はおっちょこちょいで、
チョロチョロしているから、お前が見張っていないと何をしでかすか、
わからないから、ちゃんと見ておいてね』って言われていたのに、
約束を破ったから・・・こんなことになった・・・・
お母さんに叱られる、どうしよう・・・」

とおもっている自分でした。弟を探したけどどこにもいません。
とにかく母親に知らせなくては・・・・。
持っていた10円で電話をかけるが、出ない。
「全く、○○はいないし、お母さんは出ないし、一体どうなっているのか」
とおもいながら、途方にくれていると、通りかかった女性が
「どうしたんですか」とたずねました。
私は弟が怪我したらしいけども、家に連絡が取れないって言いました。
その人は「お家は遠いんですか」って聞くので、
「いいえ、すぐ近く、歩いて5分くらいです」と答えると、
「では一緒についていってあげましょう」といわれたので、ついてきてもらうことにしました。

そしたら家の前に掃除をしている母親。その女の人から
事情を説明してもらって、すぐに公園へ。
すると弟の友達が、自分のお母さんが弟を病院に
連れて行ったということがわかり、すぐに病院へ。

幸い怪我はたいしたことなく、おでこにひびが入った程度でした。
怒られるとおもった母親は、意外にも私には何にも言わなかったのでした。

この体験で、わたしは、「決して約束を破らない」と決断したようです。
母との約束を守らなかったから、弟が怪我したっておもったのでした。


これはかなりのトラウマで、これを書いている今でも泣きそうになっています。

これを体験したその後も(約1年くらい)語りかけのワークを続けていますが、
そのときに慰めた言葉、
「(6歳の)あなたが見ていても、見ていなくても、○○ちゃんはいずれ怪我をしたんだよ。
でも怪我をしたから、そのあとはおっちょこちょいが少し治ったんだからね。
彼に対するメッセージだったんだよ。あなたのせいじゃない」と告げたら、
そのとたんに、また大人の自分の胸が突然痛くなって泣き出したのでした。
ただ、それ以来、少しは気分は軽くなってきてはいます。


そういうワークが続いています。
セラピー的に言うと、子供が親の代わりをさせられいて
、しかもそれが生死に関わるような体験だと
ものすごいストレスであり、2重の意味での大変なことなので、
癒えるにはまだ時間がかかることでしょう。


8歳と12歳の自分 
肥満に関わるチャイルド、ということで、市販の誘導テープを何度か聞いてでてきたものです。
12歳と、8歳、というのはわかっていましたが、テープが短いせいか、
チャイルドの対話はできません。
そこで、セラピーをしてもらうことにしました。

安全な場所に呼び出すと、8歳と12歳の自分が両方きました。

セラピストが、どちらが、先に話す?ってきくと、二人とも我先にといわんばかりに、
「は〜い、はい」って叫んでいます。そして、勝手に二人でじゃんけんをして
、12歳が勝ったようでした。

12歳の自分と対話

話をしていくと、勉強ばかりで大変だっていう。当時、
私は中学受験のため、スパルタ方式の塾へ通わされて
いたのでした。夜も2時3時まで勉強して、間違うと、
頭叩かれるので必死になって勉強して、辛かったと・・・。
辛かった、その言葉を聞いて、大人の部分の私も泣き出しました。
「辛かった、でもやめたら、負けだから、必死でがんばった。
塾をやめたら、負け。辛くても最後までがんばるしかない・・・。」

と同時に、当時、途中でリタイアした女の子の顔が目に浮かんできた。
その子は夏休み前にリタイアしちゃったんだけど、後で偶然街中で出会ったときに、
ばつの悪そうな顔をしてた。
それを思い出して、「やめたら、ああなる。やると決めたら最後まで遣り通さなくては・・・・」
って思っていた自分を思い出した。

夜中に夜食をたべたのも、事実、夜遅くまで起きているとおなかが減ったのもあるけれども、
おなかがすくと勉強に集中できない、
集中できないと、問題が解けないと大変だから、って
食べていたのかも知れないって気がついた。

おなかが空いていた、っていうよりも、不安から逃れるため、食べていたのかも、って
気がついた。

合格できなかったら、恥。問題ができなかったら、塾の先生に怒られる。
そういう不安から逃れるため、そのためだけに、がんばっていた。

その子の気持ちはわかったけども、大人の部分で振り返ると、どうもおかしい。
だって、そのスパルタ方式は、今で言えば、虐待じゃん?
塾の先生をみんな呼び出して、文句を言う。
大人の自分が、先生に対して言ってあげた。

「できないって怒る、叩くのはどうなんですか。虐待じゃないですか?」
先生は「仕方なかった・・・」って言う。子供に対して「ごめん」とも謝った。
それを聞いた子供は許してあげる気分になったみたい。

まだいい足りない大人の私は、
「どうでしょうか?できないって怒るのではなくって、できた〜って
ほめてあげるのは?みんな、授業の前に、
『この子は○○ができました〜みんなで拍手しましょう』
ってするのはどうでしょうか?優越感をもたせて、さらにがんばっていけるのでは?」と
言ったら、
塾長をはじめ、先生方みんな、素直に「これからはそうします」って言っている。

それで、先生方を帰し、12歳のチャイルドも帰って行った。


8歳の自分との対話

12歳のやり取りをみていて、石のうえにおとなしく座って待っていた8歳のチャイルド。

話を聞くと、お稽古事の日本舞踊がいやなのに、無理やり通わされていやだという。
それを母親に言いたいが、言えない。
本当はピアノと絵画をやりたいという。

では二人で言いに行こう、ってことで、言いに行く。

当時の母親に対して大人の私がいう。

大人の私「すきでもないことを無理やりやったって、身につくわけがないじゃないですか」
母:「だって、名取になれば、将来それで教室を開けるから、お金が入ってくる」
大人の私「あなたのお子さんは、本当は違うものがやりたいそうですよ」
8歳「お母さん、ピアノと絵を習いたい」

母親は、そんなもの・・・という感じの反応・・・。
大人の私「いいじゃないですか〜。
ピアノも、絵も、自宅で教室を開けるし、将来それで収入が
入ってくるじゃないですか。」といったら、

母親は「う〜ん、それもそうね」って納得したらしい。
さらに私は、「ご自分がやりたいなら、ご自分でやって見るのが一番ですよ」っていうと、
それにも、興味を示す反応を・・・。

で、やりたいことを告げることができ、さらに、やりたいことの許可がでて、うれしい様子。
で、8歳のチャイルドも帰っていった。


ここから、私は不安を感じると、食べ物で埋める癖があることと、
やりたいことがやらせてもらえず、いやいややっていることがあると、
そのいやいやさせられていることから目をそむけるために食べ物を食べる癖があるんだと
気がついた。

このワークの後は、実生活で、やけ食い(特に甘いものへの執着)がなくなってきている。



ポジティブな3歳の自分
3歳くらいの私。
一緒に遊んで、楽しそうに過ごしました。

ふと見ると、自分の胸とおなかから、光がいっぱい出てきている。
すると、3歳の私が、
「知らなかったの?こんなに光があったこと。あなたの中から、光がでていたことを」
私「うん、しらなかった〜」
3歳「みんなにあなたの光を分け与えてあげて」
私「うん、わかった」

そして彼女は私を連れて行ってくれました。秘密の場所に・・・
そして、宝物をあけて見せてくれた。
その宝物は、3歳の私から、大人の私へのプレゼント
見ると 黄金色の腕輪でした・・・それを左手にはめて、
彼女とさよならして帰ってきました。


ポジティブなインナーチャイルド体験でした。とっても感動しました〜。


2歳の自分
キーワードは、怖い、見捨てられる、助けて、という言葉だった。

トラウマとなった事件は
お父さんが怒っている。ベランダに追い出されて締め出されている。
罰としてベランダに出された。
必死に泣いて、中に入れてくれと泣き叫んでいる私。

お父さんを怒らせると、ベランダにシャットアウトされる。見捨てられる、怖いという体験。

確かに、子供のときに怒られるとベランダに出された記憶はあったが、
それが、こんなにもいやな体験だったとは感じていなかった。
怒る人が苦手なのも、これが原因だったのだ。

で、この時点で決断したことは、「二度と約束は破らない」
お父さんとの約束をやぶったので、怒ってベランダに出されたのだった。


5歳の自分
キーワードを使って入っていく。  どうしていいかわからない、情けない気持ち・・・。

そこから導き出された体験は、左足をかみそりで切ってしまって、泣いている自分だった。
母親は父親をどなり、タオルを持ってきなさいっていい、父親は面倒くさそうに、弟にタオルを
持ってこさせようとしている。

私は痛いのと、そして私の不注意によって、かみそりで足を切ってしまったことにより、
また両親が口論する結果になるのかと、とても混乱していて戸惑っている気持ち。

当時はマンション1階に住んでいたので、庭があって泥遊びができた。
それで水を汲みに、ベランダから、まっすぐいける台所で水を汲んでは、
庭にその水を放って遊んでいた。その事件があったとき、母親から注意はされていた、
○○ちゃん、台所のゴミ袋に古いかみそりが捨ててあって、
しかもその刃が出ているから、注意してね、って。
はい分かったよ、といいながら、注意して水をくんでいた、
しかし、汲み終わったとたん、振り向きざまに、
その出ている刃によってス〜と左足ふくらはぎのところは切れてしまったのだ。

そうして、皆が混乱し、わたしは、自分が母親から言われていたのに、
こういう結果になってしまって、
それによって、またお母さんとお父さんがケンカしそうだとおもうと、
とても情けなく思っていたよう。


この体験も、確かにあったことは事実だし、今でも左ふくらはぎのところに
傷跡がのこっているが、これは自分の中ではたいした事件だとおもっておらず、
したがって、傷跡についても、全然気にしていないこと。
ただ、感情面でそういったいきさつがあったとは・・・
このインナーチャイルドによって知った。



それにしても、2歳のときの約束を破らない決意が
この5歳のときに、母親の言うことを守れなかったにつながり、
さらに、6歳のときに、弟の額の怪我の事件のときの、
母親にしっかり見とけって言われてたのにできなかったから弟が怪我した、
と自分を責める気持ちへつながっているのだろう。

さらに過去世へさかのぼれば、森のハンスのときの、助けたかったのに助けられなかったと
言う想い、
さらに、何度も言っているのに、なぜまた同じことを繰り返すのか、(なぜ部下たちは
約束を守らないのだ?)という警備隊長ギメスへとつながっていくよう・・・。

インナーチャイルドと過去世のエネルギーがつながっていることを、このチャイルド体験から
ようやく分かった。

10歳のときの自分
箒を持ってわめいている。
いじめられて、悔しくって、大声出して必死で抵抗している。
なんだか必死・・・。

こんな大騒ぎなのに、先生は来てくれない・・・

連日こんななので、いじめる方も、いじめるとすっごい怖い人だ、ということが浸透し、
それ以後は、だんだんといじめられることはなくなった。

後日、担任の女の先生は、「助けて欲しいなら言えばいいのに」というような冷たい態度・・・
このとき、決断した。
私は、主張しなくてはならない、ということ、
自分ひとりで解決しなくっちゃならないこと、
必死で頑張ることを思ったようだ。
そして、自分しか頼れないことも思った。

でも、この体験から、時には強く闘わなくてはならないことも学んだのでしょう。


1歳の自分  2003/12/6
夫は外出していて、夜遅くになっているのに、帰らない。なんとなくさみしい・・・
寝ている子どもにベタベタくっついてみても、私の心は癒されない。
ベタベタ自分の息子にくっついたりして、甘えるのは、私が実は甘えたことがないからだ、ときがつく。
そして、そのさみしいエネルギーを感じて、会いにいったチャイルドが、一歳の子だった。


1歳だから、あまり、口では言わないが、気持ちは伝わってくる。
おんぶしてもらえなかった、(当時、母親が弟を妊娠中だったのだ)さみしかった、と。
そこで、そのイメージのなかで、母親におんぶしてもらった。
とたんにうれしそうな子。私も涙ぐんでしまう。

甘えたかったのに、甘えることができなかった、この子。
長女だから、しっかりしなければとずっと思って、大人ぶっていた。
おまけに、そんなに年も変わらない弟の面倒をしっかり見ていた。
子どもだから、甘えてもいいのに、そういうことができなかったのだ。

本当は、今の私が母親に甘えられたらいいけれど、
いまさら、おんぶ、抱っこはしてくれそうにない。(笑)
けれど、イメージの中では、一歳の子は好きなだけ、母親におんぶしてもらえる。
それでいい。


実際、家の母親はよく物をくれる。小さなときにあまりかまってやれなかったことを今、
物資で返しているのだろう。
孫である私の息子もよく面倒を見てくれる。
たぶん、私への愛情を孫に対して返しているのだろう。


怒る人が苦手な5歳くらいの子2004/3/2
お父さんとお母さんがケンカしている。殴り合いのケンカ。
それをみていて、ハートが凍りつく。怖くて何も言えない。
私が何か言ったら、私も殴られちゃうのかな。
どうして、おとうさん、そんなに怒っているの。

怖かった。おそろしくて何も言えなかった。
母親は助けて欲しい感じだったけど、そんな風に私を見ないでよ。

大人の私が抱きしめて、慰める。
お父さんとお母さんの問題。小さなあなたが責任を感じる必要がないよ、って伝えてあげる。
彼女は少し安心したようだった。


父と母はしょっちゅうケンカしていた。取っ組み合いのケンカ。
そのときのエネルギー、ネガティブなものを感じちゃうので、
ハートを凍らせてしまった。
そして、ケンカをおさめられないことを、ちょっぴり責任を感じてた。
そんな私は、おとなになって、激しく怒っている人が苦手だったり、
ゴタゴタやケンカとかトラブルがあると、なるだけおさめようとしてしまう。
家庭内の平和を保つ、役割だったのだ。
今の自分に、少しだけ、そういうところがあることにきがついた。
ハートチャクラに、そのときの傷がついちゃったみたい。


5歳の子、とままごとして遊んで、帰ってきた。


幼稚園のころには、よく体調を崩して、休んでばっかりだった。
私は、両親のはげしいネガティブなエネルギーを感じていて、
それで、調子を狂わせて、風邪をひいたりしたんだろう。
それと、ハートチャクラの傷がわかった体験でした。


ウソつかれた悲しみと裏切られたという怒りを感じていた10歳と
許せないとおもってた2歳の私
 2005/8/31
先月の出来事だった。
私は、ある人へ怒った。 

ずっとずっと、信じてたのに、ウソををついてたことに気がついた。
何度も質問をしたのに、そのたびにウソを言ってた。
イエスかノーかという質問に逆の答えを言ってたのだ。
答えがウソだった、ということがわかったとき、最初におもったのは、

許せない・・・・
だましていたな、裏切ったな〜、どうしてくれよう
という思い。
そして、最後に感じたのは、
ウソをつかれた悲しみだった。

それについて、ずっと感じていると、行き当たったのは、インナーチャイルド。

ウソつかれた悲しみは・・・
小学4年生の時に、家の近所で遊んでいたときのこと。
ドロケーだったかな。
じゃんけんでペアを決めるのに、
あるクラスメートの女の子が、そっと私に耳打ちしてきました。
「私、絶対、あなたと組みたいから、グーだしてくれる?」
私は、
「わかった」とうなづき、
いざじゃんけん!

すると、当人、「パー」をだしているではありませんか〜〜〜?
そのとたん、その女の子、「ごめんね、ごめんね、○○ちゃん」と
私の名前を叫びながら、一緒にパーを出した子と組んだのでした。

私は、それを見た瞬間、ショックで何も言えなかった。
状況は理解した。
その女の子は、本命の子と組むために、仕組んだことなのだ。
私がグーを出して、自分がグーを出さなくて、パーを出せば、
絶対、その子と組めると・・・。
ああ、そういうことか、と思った。
けれど、
同時に、なんでウソつんだろう・・・・だますんだろう・・・という
悲しみの方が強くって、何も言えませんでした。
ずるい!とか、裏切ったな!とか。

ま、ここからきている、割り切れない気持ちが、
今の大人の私が味わっている感情の一部でもあったのだ。

だから、ある人がウソついた、裏切った、ということが
こんなにも、私の中で、重要で、くすぶっている感じがしていた。

私は、その子を慰め、ワークをしていた。
「あの子は、そういう人(嘘つきの女の子)だったじゃない。
クラスでも評判だったんから、しょうがないよ〜て。
今度は、抗議したらいいんだよ〜」って。

泣いてた10歳の私は、笑い始めてた。


で、気がついたのは、更にさかのぼると、私の中で、
約束は破られないもの、という決断に至った。
だから、じゃんけんする前にグーといった約束をいとも簡単に破った
彼女を許せなくって

今の大人の自分も、ある人へ許せない、という気持ちが最初わいたのもうなづける。

約束を破らないという決意は、2歳のインナーチャイルドがしたことなので、
その後の私に、すごい影響力を及ぼしていた。

そういった意味で、2歳以降の数人のインナーチャイルドちゃんたちもまた、
今の私と同様に、怒っていたのかもしれない。

でも、
今の私は、大人で、ヒーラーなのだから、許す、ということを決断として選んだ。
その人とは、それ以来、トラブルが起きる前よりも、仲良くできている。



<クマの絵本>(2006年6月6日)


「BAR ANGEROS」(リンク1)というブログは秀逸。
最近の記事にインナーチャイルドのことが書かれていました。
これを読むと、インナーチャイルドが本人にどのような影響を及ぼしているのかがわかります。




いらっしゃいませ、マスターの濱田です。





これはマスターが体験して、本当に驚いて、

これまででは考えられないような変化を創ったお話です。






マスターは2週間ほど前、懇意にしていただいていて、旧友でもある千草さんのところに、

angerosesのスタッフと3人で、数秘術と個性学のセッションをお願いしに行きました。






ところが、どういうわけかこの日は風邪気味ですごくしんどかったんですね。






で、セッションの間、どんどん体調が崩れていったんです。

そのうちにマスターは、「あ、これって本当に人生が変わる時の前兆だ」

って気がついたんです。






というのも、これまでもマスターが大きく、劇的に人生の流れを変えてきた時って、

すごい大熱をだしたり、肝臓の辺りが悪くもないのに、キリキリ痛んだりしたっていう

体験が何度もあったからなんですね。







で、どんどん調子を崩してしんどくなっていくのを、

セッションを受けながら感じるうちに、「これは本当に大きな変化をするんだ」

って、はっきりと感じるようになっていました。







さて、個性学で出てきたのは、マスターの素質や傾向、

「うん、ホントにその通りだな」って感じる言葉が、そこには並んでいました。







自分にはこういう性質があって、こういうことが大好きで、

こういうことが得意で、こういうことに価値観を持っているとか、

ここは苦手で弱い分野だから、その部分は得意な人に依頼したらいいんだな

っていうことが明確に出てきたんですね。








で、マスターもけいちゃんも、ミキちゃんも「ふんふん」って、

感心しながらアドバイスを受けてきました。







で、「うちのビジネスチームは、こういうところが弱いから、

ここが得意な人をみつけて、依頼した方がいいよね〜」なんて言いながら帰宅したんですね。








さて、アドバイスをいただいてから帰ってきたのはいいのですが、

マスターの風邪はどんどん進行していって、熱も39度まで上がってきました。








「明日も予定があるのに、これではまずい!」、

「メンタルなところにも、熱を出してる原因があるかも」って感じて、

(勿論薬も飲んで)自分の無意識の部分に何が隠れているのかを探っていったんですね。

そして、それを統合しようと目論んでいたんです。







ところが、自分の内面を深くみようとすると、

個性学の中でアドバイスをいただいた、

「努力タイプ」って言葉にすごく引っかかったんですね。







そう、マスターはコツコツと努力して、(努力そのものはみえないようにして)

その努力を評価されることに、深い喜びと価値に重きを置くタイプだったんです。








ところが、自分の深いところをみようとすると、

どうもこの「努力」という言葉に引っかかるんです。








で、「あ、そうか、きっと努力という言葉が、扉をあけるキーワードなんだ」

って気がついて、努力という言葉から連想される自分の無意識の記憶を

探っていったんですね。









そうしたら出てきたんです。

どうして自分が努力を重んじる生き方をするようになったかの、一番初めの原因が!






こうやって、深く深く自分の内面を探求していく時、

本当に人生を変えてしまうほどの核心に触れそうな場合は、

無意識がそれを恐れて、関係のない記憶を持ってきて、それをみせようとします。






つまり、無意識の自分が巧妙な手を使って、

人生が変わらないように仕掛けてくるわけですが、

本当に人生が変わることをうけいれていて、それを決めていて、

あせらずにしっかりと見極めることを決めていたら、

やがて「自分はこの生き方をするんだ」って、

幼い頃の自分が決めた、決定的な出来事の記憶が浮かび上がってきます。








無意識の自分は、本当に巧妙に違う記憶を持ってきて、

核心に触れさせまいとしてきますし、核心が見え始めた時も、

それが核心だと気づかないように、そこに感情が湧いてこないように、

感情自体にもフタをしています。







ですが、あせらずにじっくりと見極めていくと、

幼い頃の自分が生き方を決めた、その瞬間がみえはじめます。






マスターに見えてきたのは、まだ幼稚園にも行っていなかった頃の

幼い自分の、ある日の出来事でした。





その日マスターは、お母さんにクマの絵本を買ってもらいました。

クマの親子と兄弟の絵が描かれた、かわいらしい絵本です。






幼いわたしは、それを大事そうに抱えています。







ところが、幼いわたしは、やってきたバスに乗るときに、

うっかりして、その大切な絵本をバス停のベンチの上に忘れてしまったんです。





「あ!クマの絵本!」






目の前で閉まろうとするバスの扉の向こうに、ベンチに置き去られた絵本がみえています。

茶色い紙袋に入れられたクマの絵本です。




わたしは、思わず取りに走ろうとしたのですが、

「バスが出ちゃうから、もういいよ」って母に手を引っぱられ、

バスの中にとどめられました。




そして、バスの扉は閉まり、クマの絵本はベンチの上に置き去りにされたまま、

バスは走り始めていました。






このシーンは、これまでもたまに、なんの脈絡もないかのように

蘇っていた映像でした。






蘇るたびに、なにか胸にチクって痛みを感じていたのですが、

そこにどんなものがあったのかは、今までは深く「感じてみる」ことはありませんでした。







ですが、今回は本当に自分の内面に向き合おうと決めていたからか、

その時の痛みや、悲しかった思いが、ぶわっとふきだしてきて、

胸がきゅ〜って痛みはじめました。







「あの絵本の中のかわいいクマたちは、自分がしっかりしていなかったばっかりに

ゴミと間違えられて捨てられてしまったかもしれない」





「お母さんが、自分のために買ってくれた絵本が、

自分がしっかりしていなかったばかりにゴミと間違えられ捨てられてしまったかもしれない」







あのかわいいクマたちに、すごくかわいそうなことをした、

すごくひどいことをした、お母さんが自分のために買ってくれたものを

自分がしっかりしていなかったから、なくしてしまった。









そこには、絵本の中のクマたちへの申し訳なさと、母への申し訳なさに、

すごく自分のことを責めている、幼い自分がいました。






そしてマスターは、その場面を思い出すのではなく、

幼い自分のその時の感情が、胸の痛みや、悲しみ、

もうあの絵本に会えないという寂しさが、破裂した水道管のように溢れてきて、

その洪水にような痛みや悲しみを、心のそこから感じました。










そして、マスターはその時気づきました。

「そうか、あの時、自分がしっかりしなくちゃ」、

「もうあのクマたちや、母をきずつけないように、しっかりしなくちゃ」、

「がんばって、もうへまはしない」って決めたんだぁって。









そのことが見えたとき、幼い、まだ幼稚園にも行っていない小さな子が、

絵本のクマ達や、母を守るために、痛みや悲しみをこらえて

一生懸命に決めたことが見えたとき、「がんばったね、もういいよ」って

その幼いわたしを許して、開放してあげることができました。








そして、何十年もその小さな子供が一生懸命に生きてきたことに、

思わず涙がこぼれ始めていたんですね。







それは、自分のために泣いてあげる、癒しの涙というか、

浄化の涙というか、ミキちゃんがブログに書いてくれていた、

暖かい涙だったように思います。







そして、思いもよらなかった奇跡が起こりました。







自分が努力という生き方を決めた、源泉を統合した結果、

もう努力に価値の重きをおくマスターはいなくなっていたんです。






もはや努力を評価されることに、魅力を感じなくなっていたんです。





努力を評価されることでしか自分を認められない自分はいなくなっていたんです。







これまでマスターの個性だと思っていたものが、統合され消え去り、

これまでとまったく違う、新しい人生を生きている自分がいたんです。







これまで個性学などで出てくる自分の個性は、

良いところを伸ばして、弱いところは人に依頼することで、

人生が効果的で、喜びのあるものになる、指針になるもの、

ガイドになるものだと思っていました。








ですが、それらの個性も、実は統合することで制限や枠ではなくなってしまうみたいなんです。







後日、千草さんにそのことを話したところ、

セッションだけでそのことがみえた人には、はじめて会ったといっておられました。






つまり、自分が個性と感じていたものも、実は制限の枠だったみたいなんです。







わたしたちには、本当に制限のない、自由で無限な可能性が開けているようです。







わたしたちの人生って、本当に本当に素晴らしいものなんだって、

こころから感じた出来事でした。








本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。

またのお越しを、こころからお待ちしております。





いってらっしゃいませ。
















Last updated  June 2, 2006 04:24:19