人間のいろいろ 8

記事は上に追加されますが、下の方にも記事は追加されている場合があります。

<宇宙心>(2008年5月12日)


今アリゾナに住んでアンダラ・クリスタルを
販売している美保子さんの著書です。
美保子さんのサイトはここ
http://www.mycosmicheart.com/
この本は平成15年に初版が出ています。
この本を読みたいという方に貸すと
あまりにも良いので自分で買っているようです。

今、絵が暇なので久しぶりに読み返していますが、
素晴らしい内容です。
いや〜以前読んだけど、内容を殆ど忘れていたのでね、
新たに読む気がして新鮮で良かったです。
(どhっひー、読むの無駄では?)
皆さんもぜひこの本を読まれることをお勧めしますよ♪

これを読めば世にある偽物が分かってきます。
本物を知れば偽物が分かるようになりますからね。
(途中まで正体を隠している場合がありますが)

<素人(心が素朴な人)のアセンション論>(2008年5月14日)


こんにちは。突然ですが、
アセンションについて閃きました。
 
アセンションって心に沿った生き方をすることだと思いました。
 
良心にそむいて、本心を知りながらも現実はそんなに甘く無いとか
女子供の感傷につきあえるか、とかなんとか言っちゃって
良心に目を背けて働いたり、行動したりしていた時代から
 
損してでもアホと思われても、自分の心根(良心)に沿った生き方を
しようと心に決め、行動することができる人をアセンションした人と
言うのではないでしょうか。
その方が気持ちいいし、楽しい。
 
私のまわりには良心に正直に生きる人がたくさん出てきて居ます。
まわりを引っ張っていこうとしています。
私もその一人になれるように踏ん張っています。
勇気と体力がいりますが。
 
でも、アセンションってこういうことじゃないかな〜。
 
この時代、あんまりこむづかしいことや半霊半物質??になるとか
ではなくて、こんな生き方ができるかどうかを上に
試されているような気がしますが。
 
こりゃ私の直感ですわい。

アセンションてあまりにも当り前のことなので却って難しく考えている人がいるのではないか。
リンク1の「アセンション〜」というサイトにもそのようなことが書いてあります。
知識や情報が邪魔するそうです。
日月神が生まれ赤子の心になれと言ってるので、難しい知識や情報が必要では無い。
ただ、おおいに参考にはした方が良いと思いますが。

私も素人ですが、この方の直観はいいセン行ってると思います。

<お疲れ様です!>(2008年5月14日)


チベット問題、ミャンマーサイクロン、中国大地震と、立て続けに
世界の大問題、一日に十万人が死に出して
(中国では1976年にも十万人以上の死者は出ているようですが)
愈々世の立て替え立て直しの時代が迫って来たようです。

この時、様々な事件事故周囲の問題で、感情的になる人がいます。

チベット問題であれば、自分はチベット問題についてとても真剣になっている、
でも世の中の人は平然としている、無関心である、と非難めいた気持ちになっている人もたまにいます。

他人を責めるためにするなら、辞めた方が良い。


今から10年以上前のこと。
ある左翼の人と知り合いになりました。
その人は市民運動をしていました。
で、その左翼の友人と一緒にチラシ配りをしたことがある。
それで分かったことがあります。

左翼の人は「自分達が意識が高く、そうではない人の意識が低い、ということで
自分のプライドを満足させていること。周囲の普通の人を見下しバカに
することによって、自分達のプライドを満足させていること」を知った。
即、呆れました。
で、行動を共にすることを辞めた。

私にとってチラシ配りを手伝うことは、ただのお手伝い=奉仕、です。
御役に立ちたいだけです。
まさか、左翼二人が妙な「使命感」に燃え「自分を高くするため」「周囲を低めるため」に
チラシを配っているなんて、想像を絶したのでね、途中まで手伝っちゃったけどさw


己のプライドのためにやるならやらない方が良い。


中国の大地震が来たのは、ブッちゃけ「チベット問題他の天×」という意見もあります。
それも一理ある。
そしてそれとは別にやはり生き埋めになっちゃった人は可哀想だし、
生き残った被災者には救援物資を送ってやりたいと思います。

災害については経験豊富で、資金も豊富な日本が本領発揮する時です。
官も民ももう、自分のモノを追いかけるのは適当にして、困ってる隣人のために何かした方がいい。

軍事政権下の国(ミャンマーなど)に援助物資を送っても、軍が途中で自分のモノにしてしまうだろうが
だからと言って、何もしないわけにはいかず、それなら日本人が行って現地の人に
直接手渡すとか、方法はありますね。
で、まずは若い人や定年退職した人や無職の人やフリータの人が現地へ行けるよう
お金を集めることが先だろうし、やれることは沢山あります。

とはいえ。
私にはその能力が無いので誰かやれる人がやってくれたらいいな、と思います。
ブログに書くのもいいが、実行するのはそれよりずっといい。
ただ、現地がどういう状況なのか私は調べていません。
実行する人は自分の意志で自分の責任でやってね。

自分がそれをやりたい、困っている人のお役に立ちたいと思えばやった方がいいです。

<毒矢の譬え>(2008年5月14日)


ブッダの有名な教えで、「毒矢の教え」というのかもしれません。
大意はこうです。


或る男が毒矢を射られた。
男が家に運ばれて来て周囲に人が集まり、皆で毒矢を抜こうということになった。
ところが男は
「この矢は誰が射たのだ、どこの村の何て名前のどういう男だ。
それが分からない限り、この矢は抜かせない。」
と頑張っている。
周囲の者は困ってしまった。
早く毒矢を抜かないと男は死んでしまうというのに・・・


この話は勿論譬え話です。
どういうことかと言うと。

人に、何かを分からせたい場合がある。
教える人をAさん、教わる人をBさんとします。
Aさんは人生経験豊富でもいいし、豊富ではなくてもいいが
とにかくBさんの知らないことを知っている、Bさんに分からないことを分かっている人です。

AさんはBさんに何かを教えようとしています。
ところが分かるということは大変難しいのです。
知るのは簡単、分かることはとても難しい。
他人から何を聞いてもそれを聞いた人が分からない限り、分からないものです。

毒矢とは
「それ(自分には理解できないこと)を分からないと人生間違う(失う)ほどの重大なこと」

です。
Bさんは何も知らない分からないで生きて来た。
勿論「分かり方」など分かりません。
でも、それを分からないと大変なことになるということが、Aさんには分かっている。
なので、
毒矢を抜こうとします。
つまり、Bさんには到底理解できないことを理解させようとすること
です。

でも、Bさんはそれ(毒矢を抜くこと=Aさんの言うことを理解すること)を拒否。
Aさんの言ってることを理解しないので、まさかそれが重要なことであると思いません。
その代わり自分の理屈を述べ立てます。
それが
「この矢は誰が射たのだ、どこの村の何て名前のどういう男だ。
それが分からない限り、この矢は抜かせない。」
というセリフなのです。

Bさんは「自分が納得しない限り、Aの言うことは聞かない(毒矢は抜かせない)」と
頑張っている。
Bさんには分からない、
今のBさんにはAさんの言うことが理解出来ないのだ、ということが。
今のBさんの頭(理屈)ではAさんの言うことを理解出来ないのだから、
Bさんが自分のレベルの理屈をいくら述べてもそれは無駄です。
それも勿論Bさんには分からない。

「理屈悪ざと申してあろうがな」とは日月神の言葉。
(スマ師も「人はみな自分が正しいと無意識に思っている」みたいなことを言ってます)


BさんがAさんの言うこと(理屈)を理解するにはまず、Aさんの言うことを受け入れること。
これが「毒矢を抜くこと」「Aさんの言う通りにすること」
です。
BさんがAさんの言うことを分かるにはまず、「素直になること」です。
日月神が言う
「生まれ赤子の心と成りてくだされ」です。
その後、Bさんに知恵がついていけばいつかAさんの言ったことが分かります。
(BさんがAさんの言うことを理解できるまでの波動量がつけば、理解出来る)





分かりたかったらまず、素直にならないと無理。
そして
真の意味で素直な人はほとんどいません
(私も一つの命題を分かるのに数か月〜数年かかります)
殆どの人はこの「毒矢を射られた男」レベルなのです。


でも、感触としては女性の方が素直です。
女性は豊富なアワが災いして感情的にならなくても良い場面でなり、
不必要に心を汚してしまう点に注意すればいいです。
(女というのは思わなくても良いことを思う傾向があります)

男性は単純なので、その点はいいと思うんですよ。
ところが男性は社会に出て十数年経つと今度は頭が硬くなってしまう。
(※刑務所にブチ込んでも10年入れておかないと、人は変わらないんだそうです。
  一ツのことを身体で覚えるには10年かかる、心を変えるには10年かかる、
  ということだと思います。
  相似象も「まず10年やってくれ」と師匠が言ってます)
三十代でも頭がガッチガチになっている人がいます。
(社会に出て社会勉強して十数年経った頃ですね。
 知恵がつかず、真似だけしていれば三十代になれば頭がガッチガチになれます)

社会でやっていくのはそれだけ大変なことである、ということです。
世間体、とか外聞とか、そういうモノがあることを学習してしまう。
しかし、それで終わってはいけない。
そこを突き抜けないと。

自分の頭の固さを自覚して、つとめて柔らかくしましょう。
仕事をちゃんとやる、社会人としてちゃんとしていることと、頭の硬い、柔らかいとは
本来無関係ですよ。
男も女も意識して生まれ赤子の心となりましょう。
素直になる、という意味です。

<素直じゃないと伸びません>(2008年5月14日)


上の記事と関連して。
昨日Mさんと「素直」について会話しました。


Mさんは中学生の頃お母さんが亡くなってしまったんだそうです。
で、すぐ継母が来ましたがこの人が凄い人だったそうです。
Mさんのお兄さんは寮のある高校に通っていましたが、寮に入れさせられた。
続いて入学したMさんも寮に入れられました。
継母が二人を厄介払いしたようです。

夏休みになると寮の生徒は皆帰省します。
Mさんも家に帰ったところ、継母が家に入れてくれなかったそうです。
玄関から中へ入れてくれません。
長い夏休みに帰る家がありません。
Mさんは仕方なく寮に戻りましたが、寮は夏休み中は食事が出ません。
即席ラーメンやパンで食い繋ぎ、友人の家に行ったりして過ごしていました。

「ホームレス中学生」よりはマシですかね。
一応建物の中に住んでいられるので。
しかしこれが卒業するまでずっと続いたのです。
他の生徒は土日には帰省出来るのに、勿論家には帰れません。

そのうちお兄さんが就職したので、
それからは夏休みになるとお兄さんのところへ行っていたそうです。



普通の人なら参ってしまう。
99%グレちゃうと思いますね。
ところがMさん生来明るく元気だったので、逞しく生きていたようです。
スポーツが好きだったのでテニスをやってました。

女性のコーチが居たそうです。
Mさんの学校は男子校だったので他の生徒は女だからと、
コーチをバカにしていたようです。
でもMさんはテニスが巧くなりたいので、女性コーチについて
一生けん命練習したそうです。

そのうちその女性コーチはMさんしか指導しなくなりました。
何でだろう?と思っていたらコーチが言ったそうです。
「素直じゃないと上達しないよ。」
「素直じゃないと伸びないね。」
「素直じゃないと何をやってもダメだよ。」

と。
この言葉を毎日のように聞かされていたMさん。

その言葉はMさんの身体に沁み込んで(潜在意識に到達して)しまいました。

捨てる母あれば拾うコーチあり。
両方女性です。
女性には鬼から神までいますね。
若い頃、人生の指針を教えてくれたコーチはMさんの大恩人です。
しかし、Mさんはもともと素直だったから、コーチの言葉を素直に聴けたんですね。
(もともと素直なところに、コーチがハッキリと言語化してくれたことが良かった)
また、Mさんはコーチをお母さん代わりにして甘えていたのかもしれません。


「素直じゃないと上達しないよ。」
「素直じゃないと伸びないね。」
「素直じゃないと何をやってもダメだよ。」


今はオヤジのMさんですが、この言葉を自然に実践しています。
そして部下の中に素直でない三十代〜四十代の男性が
沢山居ることを嘆いています。
まだ若いのに頭がガッチガチになってしまった男性がいる。
Mさんは言います。
「素直でない奴は伸びません。」と。



最も難しいのは
素直になること=生まれ赤子の心と成る
こと
だと思います。


さてさてMさんはその後結婚し
毎日のように「あんたは素直さが足りない!」と奥さんに叱られてきました。
自分では素直だと思っていたMさんが実は自分でも気づかない部分で
素直で無い部分があったことに気づきつつ二十数年。
そして去年私のところへやって来ました。

「ようこそ、虎の穴へ!(熱烈歓迎)」

私はご存じの通り日本国憲法より自分の意志を優先させています。
世の常識習慣などはあくまでも参考意見として捉えています。
MさんはPANDORAを読んでショックを受けたらしいが、その後
管理人から実地で常識粉砕、徹底素直の訓練を受けることになる。
(思えば気の毒。Mさんどこで道を間違ってしまったんだろう?)
これがMさんの「素直道」の総仕上げになるかもしれません。

<後悔〜反省〜原因究明>(2008年5月13日)


PANDORAの沢山のお客さんが私に「反省しました」とメールをくれます。
凄い・・・
管理人の私が滅多に反省しないのにね(笑・・・いや、泣)

何か失敗をする。
大抵の人は後悔するのではないでしょうか?
何かドえらい失敗をする。
私は感情が動かない方なので冷静に「原因究明」して終わります。

で、どちらもダメだと思います。


後悔する人は後悔して終わる。
散々(ああ!オレは何てバカなんだ!)(あああ、またやっちゃったわ!うわ〜Nn!)
と、感情を動かすだけです。
原因究明をしません。

この時
(そうか、オレはあの時こうやれば良かったんだな、そっか分かった)
(ああ、あの時私はこれこれこうだったのね)と、原因究明をしない。
ひたすら後悔する。
頭が働かず心だけが動く。
で、頭が働いてないのでまた同じことをするんですよ。
原因が分かってないので何度でも同じことをします。

私のようなのは(そうか、あの時はこれこれこうだからこうなったんだな、はい了解)で終わり。
原因究明するだけ。
後悔無し。
感情動かず。
で、たいしてダメージを喰らわないのです。
へこたれません。
いったいどうやったらちょっとのことでへこたれられるのか、納得出来ません。
心が動かないのでダメージ喰らわないのです。
ダメージを喰らわないので何度でも同じことをしますね。

だって、どんな結果でも(まぁ、いいさ、これから学べばいいんだし)と、言って学びません。
なので、あまりにもポジティブなのは考えものです。
やはりここで思いっきり後悔し心にダメージを喰らわせる必要があると思いますね。
私のようなのはこれ(ダメージ食らうこと)がなかなか難しいのです。
心より頭が働くタイプの人間も大変なんです。
何度でも何十回でも同じような失敗をやらかします。


反省とは、原因究明をしっかりした上で、二度としたくないという情動を伴って行われるもの
です。
広辞苑の定義は調べていませんが、私に言わせればそうなんですよ。
頭と心、サヌキとアワ、イとミ、両方で行われないと反省したことにはならないと思います。
後悔と原因究明の両方を伴う意識、とでもいいましょうか。

感情が動いている時は思考出来ません。
だから、通常反省は出来ない、難しいのです。
だって「堕ち込みつつ思考しろ」と、私は言ってるわけですからね。
でも、それが真の反省なんですよ。
私の定義では。


と、いうワケで。
PANDORAのお客さんはしっかり反省しているようで良かったです。

<同波長の話・・・音声>(2008年5月12日)


最近GREGORIANにはまっている私です。
伝統的なグレゴリオ聖歌は我が家にテープがありますが、それは主人が聴いてます。
私は現代風にテンポ良くアレンジしたのが好きです。

これだけではなく、ペルーのフォルクローレも現代風にアレンジしたのが好きです。
般若心経を現代風にアレンジした曲も聴いています。
これはウッタラ・クルという日本のアーティストで民謡やお経を
ロック調に仕上げていて、何ともいえずいい感じ出しています。

どうもね、伝統的なのは好きではなく、伝統を現代風にアレンジしたのが好きですね。
私はシンセサイザーのような人工的な音が好きです。
好きな作曲家はヴァン・ゲリス。ギリシャ人ですね。
日本で行われたサッカーワールドカップのテーマを作った人です。

彼の曲を流して色を感受したらインディゴだったようです。(本では圧倒的な青と表現)
これは昔あった雑誌「A to Z」の記事にありました。
私は彼の曲が大好きなんですが、インディゴのケがあるのかな?
そうではないとしても、彼の曲はインディゴに対応するチャクラに相応していると言えるかな。
かなり精神性(波動)高いと思いますね。


同波長の法則というものがありますが、
音が最も身近で分かり易い波長ではないでしょうか。
声はその人の心・精神の波長だといいます。
声が似ている人は心精神も似ているそうです。
だから親子は声が似ている。
同波長の法則ですね。
私なんかすぐ下の弟と声がそっくりと言われて嫌〜な感じです。
(く〜〜〜〜っ、あんな奴と!)
(第一男と女で声がそっくりってどーゆーこと?)

そうそう、私の声は変わっているそうです。
今まで沢山の人から言われました。
「その声!」「初めて聞く声」「今まで聞いたことない声」とかね。
「声が良い」そうです!おおっ!一つだけ褒められた感じがするぞっ!
とにかく何とも言えない声だそうです。
先日カモワンで電話で会話した方から終わってからメールが来ました。
「ifさんの声は
セクシーでした。」
おおおおおおおおっつ!やはり分かる人には分かるんだねっ!!!!


それはともかく、そうそう、波長の話ですよ。
音声=波長
音声が似ている=波長が似ている

これは分かり易い。

好きな音楽が似ている=波長が近い
と言えるでしょうね。

私の好きな曲は伝統的な音楽を現代風にアレンジしたものです。
伝統的なものなので、時間の淘汰に生き残った本物です。
でも、本物そのままではやはりつまらない。
それを現代風にアレンジしていないと、現代人の私の感性に合わない。
私は本物でいてしかも現代に合っているものが好きなようです。
皆さんはどうですか?


GREGORIANは果たしてどのようなチャクラに対応しているのでしょう?
私は一番上のチャクラに対応しているのではないかと思います。



音楽の好き嫌いは厳然としてあります。
絶対譲れないくらい、人は好きな音楽と嫌いな音楽があります。
何故なら音楽は精神の波長と密接な関係があるからです。
他のものも全て関係ありますよ(色や言葉他も全て)、でも音楽の好き嫌いは分かり易い。
演歌を好きな人嫌いな人。
クラシックが好きな人嫌いな人興味無い人。
フォルクローレが好きな人嫌いな人どうでもいい人。
さまざまな波長があると言えます。


或る人との相性を見たければ音楽で確認出来ると思います。

<未来の仕事のあり方>(2008年5月11日)


さて、アセンション後には仕事のあり方はどんな風になっているのでしょう?
リンク2→「日月ブログ」→「ひ☆ふみの詩」に参考になる記事があります。



キの巻 第五帖 その2
次の世となれば、これ迄の様に無理に働かなくても
楽に暮らせる嬉し嬉しの世となるのざが、

臣民今は人の手に握ってゐるものでもタタキ落として取る様に
なりてゐるのざから神も往生ざぞ、

神は臣民楽にしてやりたいのに楽になれて、
自分でした様に思ふて神をなきものにしたから今度の難儀となってきたのざぞ。

其処にまだ気付かんか、


-----------------------------------------------------------

楽に暮らせる嬉し嬉しの世!!なんて、目指せって感じです。
(実は、私も、お金のためだけに働くのだけは、もうゴメンって感じなのです)

上手くいったとしても、自分だけの力ではないこと、改めて
感謝する必要があります。


日月ブログの方はみな、日月神示(ひふみ)から好きな文章を抜粋している
わけですが、選び方もコメントも個性的で面白いです。


それはさておき。
やはり将来は自分の好きなことをする時代が来るようです。
いや、自分が好きなことをしている人が次の世(アセンション後の世界)に
生きているのでは?

自分の好きなことを探しましょう。
そして毎日楽しく生き生きと暮らしましょう。
そして、周囲の人のために何かしましょう。
自分が簡単に出来るちょっとしたことでいいんです。
感動する映画や音楽を紹介することでもよし。
ブログで世のため人のため主義主張するもよし。
公園でゴミを拾うのもよし。

私の場合はクレームつけること、説教すること、かな?
私の性格に合っているので実行するのが簡単です。
え?
他人に文句ばかり言う奴はアセンションなんて無理だろうって?
そりゃオマエ間違いなくヂゴク逝きだろうって?
うそ!

ともかくも、だ・・・・・・・・・・ひとに福を分けながら生きましょう。

<未来の仕事のあり方を読んでの感想>(2008年5月13日)


上の記事を読んだ自営業を営む男性から感想が来ました。

仕事の話の記事、そしてrakanさんのブログの話も読んで、そうだなあと思いました。
楽しいことというのは、喜びの中で自分を輝かせながら力をだしきることができることだと改めて思います。
 
最近、本業でお客さんに”あなたの力を出し切りなさい”と言葉は違いますが、そんな意味だと感じれるお叱りをいただきました。
何日も前から前フリがあったので、最初はフィーを負けさせるための言いがかりかと思ったんです。(恥ずかしい限りです)
でも、話を聴いているうちにこれは、天の声だなと思いました。
たしかに仕事に関して消耗している心があり、手を抜くわけでは無いですが、自分でも力をだしきれていないのは気付いていました。
 
どこかで、誰かのために、誰かのためにという思いもありました。
どこか苦しいのは自分のエゴのせいと頭で言い聞かせていたところもありました。
仕事量とフィーのことや仕事の内容について、垢のような思いもありました。
そんな状態に、趣味は楽しいのでエネルギーを注ぎ込む量のバランスが崩れていたようです。
 
つまり本業があまり楽しくないので、趣味に力を入れていた?
本業に没頭出来ない人は趣味に走りますね。
趣味が悪いとは言わない。
問題はバランスでしょうね。


しかし、しばらく抱える鈍痛のような苦しさと、ここ数日の出来事や記事などを通じて、
ああ、まず自分が嬉しかったらいいんだ!それで自分を出し切ればいいんだ!
もっと乱暴に言えば、自分の為が人の為なんだ!人が喜ぶのは、おまけ程度かもしれない。。。。と気付きました。

その通りです。
この方は良いことに気づき、悟りましたね。

自分が楽しいこと≠他人が喜ぶ
と思いこんでいたことが間違いです。
自分と人とを分けている。
本当は
自分が楽しい=他人が喜ぶ
が正解。
(※今はそうではないけど、そのうちそうなる予定)
(※また、自分が楽しいことが他人の喜びである、そのレベルまで自分を高めることも必須)


たとえば私は日月ブログの管理人さんに言います。
「まずは自分が楽しんで書いてね。
それを読む人のためになるのは勿論だけど、まずは自分のために書いてください。」と。
日月ブログの方は閲覧者の反応があろうとなかろうと、自分のために書いてるはずです。

次の世は多分そういう世界ではないか。
自分のために楽しんでしたことが他人にとっても喜びである世。
(※そのためには自分にとって楽しいことが他人を害するものではないことが条件。
   だから、自分が何を楽しむか、が問題ですね。
   他人を害することが楽しい人は次の世には居られない)

やってる本人が楽しくないことは、他人が見ても実は楽しくないということは、盲点ですかね。


このことは以前から言葉の情報としては頭にはありましたが、ハラには落ちてないなかったようです。
 
まずは情報として頭に入れればいつかそれが腑に落ちます。
それが腹で分かったという状態、相似象で言うところの
「ミ(身)の次元で分かる」ということです。
心で分かるということが本当に分かるということです。

頭で分かるってのは分かったことにはならず、それを「知る」と言います。
イ(意)の次元で知る、ということです。
しかしまずはイ(頭)に知らせなくてはなりません。
この方はちゃんと順番通りやっていたわけです。


おそらく自分のやり方が悪いということもあると思います。好きでもやり方が悪いと楽しくなく苦しいばかりです。

そこで判断力の向上が必要になりますね。
頭(サヌキ)を使います。

ずっと、この変化の流れは感じていましたし、ここらで、ひっくるめて見つめ直す時がきていると感じます。
 
いい感じです。
あなたが何も考えないでやって来たら、悟ることは無かったでしょう。
仕事をするということは、自分を知る手段であります。
趣味でもいいが、趣味はやらなくても良いものですね。
それより、やらなくてはならないことをした方が悟れる可能性が高い。
実際は仕事をしても何も悟らない人が殆どですがね。

女なら子育てをすると良い。
子育てが嫌でもヘタでもやらなくてはならない。
子供を捨てるわけにはいきません。
一人につき18年は面倒を見なくてはならない。
だから、心が鍛えられます。
実際は何人育てても何も悟らない人が殆どですがね。


男性は仕事で悟り、女性は子育てで悟るのが自然で良いです。
勿論男性も子育てで悟るし女性も仕事で悟れます。


この方は仕事を通して自分を見つめ、分かり、悟っています。
やる気があれば誰でも出来ます。
やろうと思えば出来る。
出来ない人はやろうとも思わないのでw

<フランスで個展>(2008年5月11日)


PANDORAのお客さんの中に芸術系の方が大変多い。
プロのデザイナーも数人いるようです。
当然、皆さんとても上手です。
これから紹介する方はフランス在住の女性SYさんです。

チベット問題を切っ掛けとしてチベット人の顔を描くことを始めました。
チベット人の経営するチベット書籍屋で、写真集を買って描きました。
ご存じのとおりフランス人のチベット理解に関しては大変熱いものがあります。


パンフレットが刷り上がったので画像を送ってくれました。

素晴らしいですね。

SYさんの親戚が明治時代にチベットに行ったそうです。
SYさんがチベットに親近感を抱くのも自然というか、
何か見えない世界からの導きではないでしょうか。


チベット問題だけに限らず世界中に問題があります。
世界の60数億人中8億人以上が慢性的な飢餓に苦しんでいるそうです。
日本は平和で食物は溢れ文化は高い。
日本人の多くはもっともっととモノを追いかけたり、幸せを求めたりしていますが
それを止めると日本人は幸せになるような気がします。
つまり、自分のことは放っておき今、困っている隣人のために
自分が出来ることをすると、幸せになれる。

◇デモに参加
◇チラシを配る
◇ブログに書く
◇募金する
◇祈る
◇絵や音楽を作る

自分が楽しくやれることをすると良いと思うので怒ってはいけません。

SYさんのように絵を描いて訴える、という方法は大変良いと思う。
その心はきっと高次元世界に通じていると思います。
なので、描かれた作品の波動は
自分が認められるために描かれた作品や
売れるために描かれた作品よりずっと高いはずです。


さて個展の会場はフランスです。
お近くへお越しの際はぜひお立ち寄りください。

<スマナサーラ師>(2008年5月10日)


スマナサーラ師(略してスマ師)を、教えてくれたのは
北海道に住む最近大学を卒業した女の方です。
(TT)さんといいます。
いえ、泣き顔ではないです、イニシャルです。
この方のおかげで沢山の人の魂が助かりました。
有難う♪


自分が知ってることを他人に教えるのは
心さえあれば簡単にできることです。
ところがこの簡単なことも心が無いと出来ません。
どんなにちょっとしたことでも出来ない人がいるんですよ。

ほんのちょっとの手間と勇気があればいいだけなのにね。

<GREGORIAN>(2008年5月9日)

リンク2の「Lalala」のemunimaさんがGREGORIANを紹介していました。
「Guide Me God」です。
私も真似をして同じGREGORIANの他の曲「Sad」を紹介します。



<誤解されても腹立たない>(2008年5月9日)


私は今から20年以上前に「腹が立たなくなる合宿」に参加しました。
当時幼児を子育て中でした。
私の親が怒ってばかりいたので、それが私に沁みついて(潜在意識に入ってて)
腹が立ってしょうがなかったのです。

で、合宿に参加している間中、腹を立てていました。

でも、そこで相似象を知っている方と知り合いになり、本を買って読み始めました。

6年くらい経つと変わって来ました。
10年経つとかなり変わっていました。
相似象は読んで知識としてもダメです。
それが身(ミ)につかないと。
そのためには毎日毎時間毎分の質を変えないと。
いや、変えるための手段が相似象ですが。


さて、腹を立てることよりもっと苦しいことがあります。
それは「ガッカリすること」です。
これに比べたら腹を立てることなど何でもないくらい軽いです。

今から9年ほど前のことですが、主人や友人達に心底ガッカリしてしまいました。
友人の方は私が言うことを理解しない点についてです。
こんな簡単なことが分からないで、しかも誤解しては感情的になり怒ってる様を見て
とてもガッカリしたのです。
怒ってない方の友人も、殆ど理解せず何度も私をガッカリさせるような言動でした。
主人は勿論いつでもこんな簡単なことが分からず怒っては筋の通らないことを言って
私をガッカリさせていました。

で、それから9年。

今ではガッカリもしなくなりました。
1〜2年前まではたしかに誤解している人を見ては、私は怒っていましたが、
今では相手が物事が分からない場合は
(ああ、分からないんだな)と、私が分かるだけ。

「物事が分かってないくせに分かったと思い違いをしていい気になっているわからずや」
については「そうじゃない!」と、腹が立つことがありますが、
(※これは分かっても居ない癖に自分は分かっているのだと勘違いをしている態度
  については、腹が立つということです)
単に「他人の言うことが分からないで誤解している人」については、
腹が立たなくなったのです。


誤解をすれば困るのは誤解した本人なので、それでは気の毒だから誤解を解く
お手伝いをしたいけど、誤解する人は理解できないから誤解するので、
他人に出来ることは無いのです。
本人が判断力をつけて誤解を止めて理解しなくては、誤解は解けません。

このように判断力が増してくるとあまり怒らなくなります。
20年ほど前の合宿については得るものはありませんでしたが、
そこで相似象を知ったのは人生において一番の収穫であったと思います。
「腹が立たなくなる」という本気の願いが叶ったのです。
(全部では無いですよ。他のことでは今でも怒ってますが)
もし、相似象と出会わなければ大変だったと思います。

<誤解されても腹立たないを読んで>(2008年5月9日)


今朝、ifさんにメールをしようと思っていたことが
<誤解されても腹立たない>と似たような内容でした。
 
私、Lenさんからアンダラクリスタルを購入しました。
ダークグリーンアンダラです。
それが7日に割れてしまいました。
 
すぐにLenさんに連絡をしたら
 
アンダラはエネルギーに対して非常に敏感で
ネガティブエネルギーを受けることでクラックが入ったり、
割れたりすることがよくあるということでした。
 
 
自分でネガティブになっていると気付いていました。
 
今日の記事のように
私が言う事を理解してくれずに
「がっかりしていた」ことです。
 
ガッカリなんですが、苦労する能力の有る人が
ガッカリする傾向にありますね。


どうして解らないのか、
なぜ素直に聞けないのかと。
 
そこで「どうして分からないのか」と思うと腹が立つし
ガッカリしますが、答えは「分からないから分からないのだ」です。
なので、これが分かるとガッカリしなくなります。


 
逆にそう思う自分の心が
相手に対してエゴになっているのではと反省したり。
堂々巡りをしていたところでした。
 
解っていました
この感情は負のものだと。
 
ところがこれを手放そうと思っても
なかなか手放せずにいました。
 
頭(理屈)で分かっていても心(感情)で納得しないのが
普通ですね。
分かるには時間が掛るんですよ。
自分だってそれを分かるのが難しいんだから
(※それとは、家族が分からないということ)
家族が、あなたの言うことを分かるのは難しい。

自分に出来ないことなのに、家族にはさせようとしている、
その矛盾に気づくと一つ悟れます。


そんな中
まず不死鳥のストラップが金具から外れました。
幸いすぐに付ける事が出来ましたが
続いてアンダラクリスタルが割れました。
 
あ〜…
また意識がマイナスになっていたのかと…
 
で、色々考えたんです。
 
旦那を始め家族が理解してくれなくても、
一度放っておいてまた伝えればいいと
それが家族だから。
 
考えすぎず、楽になること
今、分からなくても、明日分かってもらえるかもしれないと。
 
そうそう。
私は(ま、いつか分かるだろう)
(分からなくてもいいし、しょうがないし)と、
思うことにしていて、実際にそう思っています。

そういう心に私が変わってゆけばいいんだと。
 
そんなメールをしようと思っていたところに今朝の記事だったのです。
 
ifさんでもそうだったんだなぁって。
私みたいな未熟もんは
まだまだ遠い道のりですが、
懲りずに前に進んでゆきます。

ま、この方は若いし。
私が分かってくれない相手に、ガッカリしなくなったのは、一年くらい前なので。
その前はガッカリしまくってて、その前は怒りまくってましたw
 
心って簡単には変わらないけど、決意すれば
つまり(私は心の中から余分な感情を無くす)と、決心すれば
徐々に変化して行って、いつのまにか、
がっかりもカッカもしなくなってる自分に気づきます。
 
半年〜一年くらいかかるかも。

<リンクについて>(2008年5月8日)


リンクページからリンクしているサイトと、記事からリンクしているサイトがあります。
どうも誤解を招いているようです。
どうも、「どちらが上か」という思考回路の方が多い、普通のようです。
なので説明しておきますね。

リンクのページに載せているサイトは
◇お店
◇更新が頻繁
◇内容がトンデモ
◇記事が無いのでとりあえず
◇関連記事が多いので、では一か所にまとめておくか

というくらいのモンです。

記事からリンクの場合は上の条件は要りません。
内容は日常的なことでも何でもOK。


或る方がブログで商品を売ることになりました。
「リンクのページと記事から、どちらからリンクしますか?」と訊き、
上の条件を述べました。
するとその方は
「記事からリンクでお願いします。」とのこと。

トンデモなことが起こったら記事が書ける。
で、そこからリンクした方が閲覧者の方は行き易いのです。
記事に「リンク2から行けます」などと書いてあると、わざわざ「リンク2」に
行かなくてはならない。
それは面倒です。
なので、来てもらえない確率が高いです。
この方の場合、トンデモな記事を書ければこの方のサイトにリンクしているので
数か所からリンクすることになってます。
これからも記事が増えればリンクも増えることになる。
かなり、賢い戦略であると私は感心しました。


リンクのページからと記事からと、どちらが良いとも言えません。

リンクのページからリンクしている方の場合、記事からリンクはしないので、
わざわざ「リンク1」とか「リンク2」にいったん、行かなくてはならない。
それは見る方にとっては面倒ですよね?
(ったくもう、記事からリンクしてくれや!)という、管理人さんの声が聞こえそうです。

だから。
どちらが上とも下とも言えないのです。
私なら、他のサイトへ行った場合、そこのリンクページからよそへ行くことは
まずありません。
興味があるのは、私が行ったサイトまで、です。
よほどのことが無い限りリンクを辿って行くことは無い。

記事からリンクの方のが見た方が自然とクリックしてサイトへ行けるので
よほど確実だと思うのです。
実際に記事からリンク先へ飛んでいる方が多い。


とはいえ。
リンクページからリンクしているサイトは私がほぼ毎日行けるように
集めてあることも確かです。
ほぼ毎日行くということは、更新が頻繁であること、内容がトンデモ、或いは
バカバカしいこと、これだけです。

それから、ピラミッド型の組織関連のサイトは記事からリンクにしてます。
レイキとか伝授の類です。
これは悪いものとは思いません。
でも私の趣味では無いので、積極的にお勧めするものではありません。
私は個人で、オリジナルなことをしている人を応援します。
この方達は何の後ろ盾もなく行動している、その心が気高いと思う。
なので伝授のサイトは記事からリンクにしています。

何か勘違いする方がいる。
リンクのページからリンクされてないと、格が下がったと誤解する方です。
そういうレベルの方は残念ながら記事からもリンクが無くなると思います。



サイトを閉じる際には連絡を下さるとリンクを解除できるので有難いが、
連絡をくれない方もいます。
管理のことを考えれば、リンクのページだけにして
記事からリンクを無くせばいいのですが、
それでは気の毒なので記事からリンクをしているのです。

リンクのページから記事からリンクになったことを
がっかりする方が居たら申し出てください。
記事からもリンクを外します。
記事からリンクはお客さんを確実にその方のサイトへ送る方法であることを
想像出来ないレベルにある方。
遠慮なく申し出てくださいね。

「神はもう機嫌取りは御免ぢゃ」

私は神ではありませんが、日月神の気持ちも分かるような気がします。

<魔境>(2008年5月8日)


リンク2から行けます「rakanのhara」に、とても深い記事がありました。
ここに勝手に掲載します。


2008年05月05日 21時50分36秒 /  Weblog

何がダメにするのか?

こんな実験を心理学ではやったようです。

幼稚園児を2グループに分けて絵を描いてもらいます。
片方にはご褒美をだします。もう片方にはなにも出しません。
むろん、褒美があるほうはがんばります。
しかし、褒美をもらったグループはその後顕著な変化が出たそうです。

半年後また絵をかいてもらいました。
褒美をもらっていないグループに比べて、もらったグループは時間をかけないで仕上げてしまうのです。
まぁ、手抜きするんですね。褒美がないならやれないや!みたいな感覚が芽生えてしまう。

この話を聞いて「はっ!」としました。

一般的に言ってお金をもらって行うのがプロの仕事です。
代価にみあった仕事をする。それは当たり前です。それがプロです。
ところが、これをやると創作活動に影響がでてきます。
なぜなら、代価に見合ったことしか出来なくなるからです。

知らぬ間にやる気が金や報償に支配されているのです。

私が教えに行く彫金教室の生徒さんの中には、かなりハイレベルな作品を作っている人たちがいます。
自分が気に入るまで手を入れるので一つ一つに思いがこもっています。
それを見たとき「あ〜俺にもこんな時期があったな〜」と純粋に作っていた頃に持っていた、
大切な何かを失っている事に気がつきました。

私が作る事に魅力をもてなくなっていた時期があります。
生活に追われて、簡単に作る事が楽しいなんて言えなかったのです。
いつも作る前に、頭が電卓をはたいていました。
これだけやって、これだけか、と。
面白いはずがない。

本来、作る喜びは金額の過多に左右されるものではありません。

しかし、これはプロへの登竜門なのだど思います。
一度、単純に作る事が楽しい時期を忘れてしまう。
その後、取り戻してからが本物です。


そして、この100個リング企画はそんな時期の私を純粋なやりがいに目覚めさせてくれました。
純粋な喜びを持ち続ける、その中でしっかり儲ける これですね。
これからもまだまだ、躓ずいては学びを繰り返し進んでゆくでしょう。
皆様のお陰で楽しく作れています。ありがとうございます


rakanさんのお尻を蹴っ飛ばして良かったです。
rakanさんは大変優しく謙虚なので私の「rakanさ〜ん、指輪作って販売しなよ=」という
悪魔のささやきには、天使の謙虚な心が邪魔をして尻ごみしていたのです。
一年近く経っても開始しないので(そうかい、そんならやらせてもらうぜ)と、
悪魔の決断で無理やりしていただきました(悪魔わらい)。

しかし、皆さんから思いがけず沢山の注文が来て、rakanさんはやらざるを得なくなりました。
遠慮していては何も動きません。
無理やりにでも開始させて良かったと思います。


さて、話は魔境についてです。

rakanさんの話は作品作りについてですが、その他にも至るところに魔境はあります。

ちょっと人気者になる、皆が注目する、仕事が巧く行く。
そんな時、人は増上慢になります。
故・高橋信次師曰く、増上慢になってはいけないそうです。
(※高橋信次師の著書は大変参考になります)
鼻を高くする。
すると
「鼻高さんポキンぞ」になる。(日月神)

人というものはちょっと売れたから、ちょっと頭がいいから、ちょっと金が儲かったからと
言っては簡単に
「鼻高さん」「増上慢」になるのです。

精神世界で大変多いのは「自分は普通の人は知らないことを知っているのだ」という慢心です。
普通の人は日々の生活と仕事に懸命で精神世界のことなど、知るわけがありません。
だから(ああ、知らないのだな)と、感情を入れずに思えば済むことです。
でも、慢心する人は普通の人が知らないことを、自分が知っているので、
得意になり慢心する、これが増上慢であり、魔境です。

いったんはなってもいいと思う。
人間の心は弱いので。
でも、いつまでも魔境に居てはいけない。
魔境に陥ったら自力で悟るのは大変難しい。
そんな時は友人に指摘してもらうのがいい。
「オマエ、最近何さまのつもりだ?」と。
そういう友人を作っておくのも、いざと言う時の備えです。
必須ですよ。

また、常に自分の心を点検するために日月神示や相似象、
高橋信次師の本でチェックするのもいいです。


rakanさんは魂の次元において大変非凡なものがあります。
普段はそのようなことは微塵も感じさせませんが(わらい)たしかに非凡です。
だから、自力で気づくことが出来るのです。
平凡人は増上慢になって終わりです。

苦難と誘惑、どちらに負けるかと言えば圧倒的に誘惑の方ですよ。
人間は良い時には悟れないのです。
それ(順調な時に悟れること)が出来るだけで既に非凡です。

平凡人は魔境に引っ掛かりそこから抜け出すには心を変えなくてはならない。
何年かかるでしょうか。
今、この時に魔境などに引っ掛かっている場合では無いのに。

精神世界にはこのように至るところに落とし穴(魔境)があります
それに負けない謙虚で素直な方だけが進めるフィールドであります。

<サイン病>(2008年5月7日)


5日の夕方からPANDORAのTOPページが映らなくなってました。
御迷惑をお掛けしました。
TOPページだけがサーバーからなくなっていたようです。
その時、転送の調子が悪かったので、すぐ直せませんでした。
で、その間心配した方達から「TOPが映りません」というメールをいただき
恐縮してます、ゴメンなさい。
で、その方達の中で「TOPが見えないのは何かのサインなのでしょうか。」という
ことを言ってる方が何人かいました。

他にも
「〜〜なのはサインでしょうか」
「〜〜なのはサインだと思います」
と、語る方が多い。

PANDORAのTOPが見えなかったのは、閲覧する人にはなんら原因は無く、
ただの私の粗忽の結果です。
TOPが見えなかったら、通常は「サーバーに何かあったのだろうか」
「if がまた何かやらかしたのだろう。」と、思うのが普通だと思います。
思考したり推理したりするのが普通では?
思考せずいきなり「サイン」にしてしまう、これは陶酔です。
まずは思考しないといけません。
思考した上で遊びの意味でサインを捉えるのは良いと思う。


「サイン」というものを皆さんに紹介したら、なんでもかんでもサインにして
片づけてしまう、これは失敗でした。
サインという考え方に負けているのです。
サインという考え方のレベルに達してないと言えます。
自分の頭の方がサインという考え方よりも低いということです。
振り回されている。
(※これは人間にも言えます。
   二人の人間がいるとする。
   片方が片方に振り回されるとしたら、振り回される方の力量が少ないから。
   振り回されたくないなら相手の上を行かないとならない。
   しかし、子供に振り回される母親が多いです。
   子供に上を行かれてしまっている。
   この場合の上とは、判断力のこと)


これも「魂(たま)の戦(いくさ)」と言えますね。
力量で負けるという意味ですよ。
自分自身がしっかりしないとどんどん負けます。
世の中には負けてしまいそうなモノが沢山あります。
サイン如きに負けていては情けない。

と、書くと今度は「勝つだの負けるだのと、人生を戦争と捉えているのか」と
また誤解する人が出てきそうですね。
通常の戦いではなくてあくまでも「魂(たま)の戦」のことです。
これも、この言葉を理解出来ないレベル(判断力が)にあれば理解出来ない。
悟らないと分からない言葉です。

毎日、当り前のように耳にし目にする言葉や物事を、本当に理解しつつ
生きて行くだけでかなりの勉強になるのに、殆どの人は勉強は学校で
やるもんだと思っています。
精神世界でナンたらカンタラを勉強することに価値を置いたりしていますが、
私に言わせればそんなモノには価値はありません。
毎日の生活に比べれば、の話です。
アメリカ発祥のナンタラクチュアルナンタリングを身につけることによって
自分の意識が増上慢になればマイナスでしかありません。
これも「負けた」状態です。

<本気になると事態が動く>(2008年5月6日)


世の中に離婚したい奥さんはゴマンと居ると思います(わらい)。
かくいう私もごにょごにょごにょごにょ・・・でも本気じゃなかったなぁ。
あ、でも本気か!
どっちやねん。
そうそう、思い出しました。
自分のことは殆ど占わないんだけど、数年前にアッタマ来て
「私は離婚出来ますか?」とカモワンで占いました。
で、メモ帳にそれを書いておいたんですよ。
結果はどっちだったかな、忘れてしまった(という辺りが本気度が低い罠)。
で、この通り粗忽なので、そのメモをちゃんとしまわないで、しまったつもりで
そこらへんに置いておいたようです。

で、或る朝、いつも主人が腰かけている椅子の前にあるテーブルに
そのメモがあり・・・ってことは「見られた」か!
ぎょえええ!
で、最善の策として「トボける」ことにしました。

はあああ・・・心臓が止まるかと思ったぞい。

で、その後、主人の態度が良くなりました。
ヘタすりゃ女房が離婚を計画する、と分かったようです。
なので、以前よりはかなりマシになったのです。
いや〜〜〜
「禍転じて福と成す」


下の記事の友人は、本気で離婚を計画したのです。
子供達に「実はお母さんは離婚する」と計画を打ち明けた。
すると子供達は皆「そうだそうだ、それがいい。」と賛成してくれたのです。
友人は私が渡した「吉方位表」を見ながら、具体的に計画に入った。
私もこれまでの事情を聴いたから大賛成です。
それで友人は「悩み・苦しみ」が、「楽しい計画」に変化しました。
毎日とても前向きです。
金を貯めるために元気一杯で仕事をしていたそうです。

ところが、実家の両親が遊びに来て何泊かしたら
嫌になってしまったのだそうです。
老人なのでワケが分からず我ままだったり、心配症だったり、ずれていたり。
その様子を見て、(これならダンナの方がマシ)と悟ったのでした。
で、離婚は止めましたが、ご主人は家族の態度や表情から何かを察知したようで
それからはとても態度が良くなったんだそうです。
以前は考えられないような態度です。
きっと本気の念が通じたのでしょう。

友人に「離婚なんか辞めなよ。」と、言わなくて良かった。
友人の離婚したい願望が私によって「具体的な計画」になったので
事態が動いたようなんです。
結果的には離婚はしませんでしたが、友人はご主人が嫌いではなく
あまりにもワケが分からず自分に苦労をさせるので疲れてしまったのです。
今では御主人はどんどん家事をやるようになり、変身しちゃったそうです。

ご主人がいつかまた横暴になったら、再度本気で計画すればいい。
離婚したかったら願望のままにしていては何も動きません。
計画にしないとね。

私は道徳的な人間では無いので、離婚するな、なんて言いませんよ。
毎日楽しく生きることが出来ないなら、その原因を取り除く方を勧めます。
「原因」(つまり旦那のこと)を排除し、楽しく生きましょう。
金銭のことはまた別に考えましょう。



コトは離婚だけではありません。
全てにおいて、言えると思いますよ。
事態が動かないのは、方針が決まってないからですね。
願望も(〜〜だったらいいなぁ)くらいの、叶ってもいいし、
叶わなくても、ま、いっか、しょうがない、くらいの気持ち、
これでは叶わないのでは?

或いは叶っている様子を思い描く。
なるべくありありと。
これでも叶います。
で、忘れてしまうのもいいですね。

◆実際に楽しんでわくわくしながら計画する。
◆リラックスしてありありと思い浮かべたら忘れる。


どちらかの方法で叶います。
就職、転職や離婚だったら計画すればいいし、
転職や恋愛、結婚だったら思い浮かべて忘れるといいですね。

<離婚!>(2008年5月7日)


上の記事<本気になると事態が動く>を読んだNさんからの報告です。

ifさん
 こんにちは。Nです。
本気になると事態が動く、読みました。
 ifさんも離婚についてゴニョゴニョ言っちゃうんですね(笑)
 
そりゃあ言いますよw
ワケが分からない奴を相手にするとね、誰でもそうなりますね。


私も旦那相手に忍耐と許しと練習させられてる気がします。
実際、わがままな面が自分にあるので、そこを突っつかれてるみたいな。。
 
まぁ、私も悪いっちゃあ悪いが・・・

で、3年くらい前になりますが、本当に旦那にあきれ果ててたんです。
(いまはそこまではひどくないです)
ムカつきムカつき生活していたら、ある日夢を見ました。
 
夫婦喧嘩の夢でした。
夢だと分かっていても、自分の思いをぶつけてやりたくて
で、思わず本当に声に出して言ってやりました。
(意識がボーっとしてるので、ことの重大さをイマイチ把握せず)
 
「離婚!離婚!離婚して、っていってるでしょぉぉぉーーー!!!」って。
 
自分の声でハッと目が覚めまして。
子どもを挟んで隣に寝ている旦那、、、
どうもいまの声を聞いてしまった、という雰囲気が伝わってきたんですが
 
うわ、それはまずいっしょ!

ま、言っちゃったものはしょうがないや、と私はスッキリした気分で
そのまま寝ちゃいました(笑)
 
わっははh!

その後、旦那の態度が軟化したんですよ。
私の想いがつたわったんでしょうかしら。

いやというほど伝わったんじゃないでしょうか。
良かったですね♪

<就職出来た>(2008年5月6日)


こんにちは、ifさん。

以前絵を描いていただいた、Hと申します。
仕事が決まったので、ifさんにメールしようと思い立ちました。
3月くらいに、金運アップの絵を描いていただきました。
仕事を探していたので、仕事運アップの方がいいかな?とも思ったのですが、
半年くらい前に(当時別の仕事をしていた)仕事運アップの絵は描いていただいた
ので、今回は金運アップの方をお願いしていました。
(どちらにせよ、仕事が決まるまで生活にお金は必要だったので)

年齢も年齢だし(30代後半)、正社員希望だし、うーんなかなか難しいな、と
思いつつ、ハローワークなどにまめに通って仕事を探してはみるのですが、
二次面接まで行く会社はなかなかありませんでした。
そうしたら、今のわたしにできることは、イメージして想像する(妄想?)くらいしか
ありません。

「家からこのくらいまでの距離で、いくらのお給料で、こんな感じの働きやすい
雰囲気の会社に入って、こんな仕事内容で、・・・・(以下妄想続く)」
そうなんです、いい機会だし、引き寄せの法則を試してみようと思ったのでした。
以前ジュネさんも「寝る前と朝起きた後は、特にイメージするべきです」
言われていたので、そうして一ヶ月くらいブツブツ口で唱えては、しっかりイメージして
アファメーションをしていました。

そうそう。
夜寝る前と朝起きた直後にはまだ半分寝ているので、その時願うと叶うといいます。

そうしていた先月、いい感じの会社の求人がポンと上がり、「受けてみようかな〜」と
かるーい気持ちで受けたら、あれよあれよという間に合格してしまいました。

軽い気持ちが却って良かったですね。
緊張しないから。
緊張は、願望実現を邪魔するのでリラックスするのが一番いいです。

最終面接に出てこられた社長もとてもいい方で、パンドラに載っている
「人間の話」みたいなことを理解される方で、この人の会社で働けるのを
とても嬉しく思いました。

それは既に
「同波長の法則」ですよ。
これからは社長さんとトンデモな人間の話をすると楽しいですね。

この厳しいご時勢で、正社員で採用されて、感謝です。
好きな方面の仕事だし、精一杯勤めさせてもらおうと思っています。



いいなぁ!
30代後半で正社員に採用されたなんて!
絵を描いてから半年で叶ったのは早いです。
下の方の記事<年収400万円>の方は一年近くかかっていますから。
まずはあなたが「自分を活かせる、楽しい仕事に就きたい」と、願望する。
で、絵を依頼するw

絵は高いです。
それを注文するのだから本気ですね。
で、絵は何もしてくれないので、本人が動かない限り事態は変わりません。
Hさんは上の記事の願いを叶える方法の両方をやってます。

◆実際に楽しんでわくわくしながら計画する。
◆リラックスしてありありと思い浮かべたら忘れる。

これをやってましたね。

それから就職してもそこがトンデモない職場の可能性もあるので
楽しい職場であることが一番ではないでしょうか。
本当に良かった、Hさん。


<心に沿う>(2008年5月3日)


さてさて。
相手を慰めたり励ましたりするか、説教するか、叱咤激励するのが
カウンセリングではありません。
カウンセリングとは「相手の心に沿った言葉を言う」だけです。
相槌のことです。

ここでまはるださんの体験談が面白いので紹介しますね。
まはるださんのサイトは「GAIA」(リンク1)です。



即効の依頼者さん (2008/5/2)

※記事は依頼者さんの許可をいただいています。

先日Uさんという方から「新しいあなたを見つけるお手伝い」の依頼をいただいた。
これはけっこうすごいことなのだ。
「書く行」もそうだし、このメニューに依頼するのはかなり勇気がいることだと思う。

私は胡散臭い。
博学なわけでもなく、これといった資格も無く、年齢もこの手のメニューを抱えて
信用を得るにしてはまだまだだと思っている。
そんなどこの馬の骨とも知れない者に
「新しい私をさがす手伝いをしてください」というのは
なかなか言えた事じゃないんじゃないかと思う。
通りすがりの小学生に「どの企業の株買ったらいい?」と聞き、
言われたとおりの銘柄を全財産投資するぐらいの勢いだ。

だから依頼しない方が世間でいうところの「普通」の感覚なのだと思う。
実際サポートメニューを依頼される方は少ない。
(多すぎて配慮が足りないと困るので丁度いい具合ではある)
「書く行」にしても「あれはifさんだから書いて送りたいものの、まはるだに
わざわざ金払ってまで書くのもなんだかね。」と感じるのが「普通」。
今まで依頼くださった方のそのチャレンジ精神には尊敬してしまう。

それにしても不思議なほど皆さん何かしらを掴んで終了されている。
何故だろうか。

たぶん皆さんが「普通」というラインを飛び越えたからではないかと考える。
「とりあえずいっとけっ!!!私は変わりたいのだから!!!」という具合に。
バンジーとか清水の舞台並みかそれ以上の勢いがないと無理なことである。

Uさんは私のサイトを目にされたことはなく、ifさんに絵を依頼されたのが
きっかけで私に依頼をくださることになったのである。
前もってUさんのことを色々と聞いて、正直少し身構えた。
長い間ずっと抱えているものが多くあるとのことで、
色々な方とお話・相談されてもまだ手ばなせていなかったのである。
一ヶ月コースのお申し込みだったのであるが、
一ヶ月では区切りがつかないのではないだろうかと考えた。
ところが・・・
わずか数日で、

ifさんに紹介してもらって、このコースの案内を見て何も迷わなかった訳じゃないですが、
あまり考えずに直感でこれかなと感じました。
実際にまはるださんとメールのやり取りを始めてからは、当たりだわ♪と確信しました。
信頼できなければ多分続けられなかったと思いますし、ずっと文章を作っていなっかったので、
こんなにすぐに楽にお話できるとは思ってもいませんでした。

 
となり・・・


ん十年の悩みが解決しました。
ありがとうございます。

となった。
(Uさんの問題をすべてクリアしたわけではないが、
Uさんが長い間抱えていた悩みの一つをクリアされたということである。)

私はこれといってUさんに何をしたわけではない。
上記に書いたとおり未熟でカウンセラーやらなんちゃらの資格もなく、
Uさんよりも少し年齢も下なので経験も浅い。
諭したり、癒したり、導いたりなどできるはずもない。


ひたすら・・・合いの手を入れていた。
餅つきの時に手を入れてウスに餅がくっつかないようにする役目である。
あくまでも解決に導くのはUさんご本人であるのだから・・・


こんな短期間でこのコースに申し込んだ時に期待した以上の成果があったので、
少し気が抜たような。。。
まはるださん、これで終了でも十分すぎる程充分なんですが、どうしましょう?

え゛え゛???もう???こちらこそどうしましょう???
確かに最初にメールをいただいた時からかなり変わられたけど・・・

でも・・・はじめてまだ一週間ですよ!

Uさんは「これくらいできればいいだろう」と考えられていたラインを
あっさり飛び越えてしまったようであった。
一応「つづけてみては?」とおすすめしたが、本当に満足されたとのことで、
それならばとUさんの了承を得、プライマルアートを2枚お送りすることにした。


すべての方が短期間でこんなに変わるわけではない。
私と合う、合わないも多少なりとも影響すると思う。
けれど何よりUさんの素直さ、謙虚さ、真剣さが普通じゃなかった。
本当に「自分次第」という言葉をこの上なく実感したやり取りであった。

数日後Uさんとメールのやり取りをした。
メールの印象もとても明るいさわやかなものであった。
Uさんの目の前にまた新たな課題が現れたのだそうだ。
それでもメールからはUさんの「やっていける。」という自信が伺えた。
私も「今のUさんなら大丈夫だろう。」と感じた。



引用長かったです・・・

カウンセリングは相手の気持ちに沿えば良いのだと思います。
相手の気持ちに沿って話を聴くと、相手は心を開き語り始める。
自分で言語化出来れば問題はほとんど解決するのではないでしょうか。

私にも経験がありますよ。
去年、ご主人と離婚したいと言った友人がいました。
でも、それから3か月もしないうちに離婚とり止めになったんです。
何でも「実家の親の方が亭主よりまだ悪かった」そうで・・・
これなら「まだ亭主の方がマシ」だったそうで・・・
あんなに泣いてたのにねぇ・・・

私は友人のために「そんなダメ亭主離婚しなさい!」
「引っ越すならこの時期ね!」と、
竹下氏(リンク3)から買った「吉方位表」をコピーして渡し、
「必ずこの時期に別居するよう」激励しておいたのになぁ・・・
「まず息子をこの時期に先に実家へ送る。その間、息子が居ないことをなんとか
亭主にバレないよう、誤魔化す。友達の家に泊まりに行ってる、って言えばいい。

で、その間、宅配便で荷物を少しづつ実家に送っておく。
なあに、モノがなくなったって亭主が気づくものか、わっかりゃしないって。
で、最後にこの日にあんたが引っ越しね♪
他の段どりはこう、あれはああして、これはこうして、ああ!忙しくなるぞう!」
と、とても親身になって段どりをしてあげた、
あの努力は何だったのか・・・(やり過ぎたかね)

でも、離婚する必要が無くなったんだから、ま、いっか。

<その前に自分を顧みる>(2008年5月2日)


「Rakanのhara」(リンク2)の2008年5月2日の記事に

こんな妄想ではなくて、猿なみに凄いマナーのオバサンについて書こうとおもったのですが、
書いていてオバサンに負けず劣らずの(自分の)頭の構造に気がつき、
まっいっかぁ〜と発散してしまった。
(一部補足)

という一文発見。

Rakanさんは他人を批判する前に自分を顧みることが出来るので、
他人を責めないんだな、と分かりました。

翻って私の場合は・・・

たははっはは!
他人を責める前に自分のことをすっかり忘れているもんだから、大変安易に他人を責めてます。
たはっははh!


ここんとこ見たい映画が重なったので毎日映画館へ通ってる私です。
殆どの観客は静かなんです。
でも、中にはグループで来てお喋りしているおばさん達が居る。
本編が始まる前の映画の予告が始まってもまだお喋り止めない。
本編が始まっても隣同志でひそひそ喋っている。
(あああ!うるさい!)
「ちょっと静かにしてもらえませんか?」と、席を立って一こと言おうと思ったら気がついた。
自分が「映画館で販売している飲み物が高いので自宅からお茶のペットボトルを
持参して来ていたこと」を。
えへ。













えへ!

で、他人のことは言えないなぁ、自分だって「ルール違反」やってんじゃん、と悟ったのです。
で、自分だってルール違反やってるので他人には文句を言えない。
ということは、他人に文句を言うヒトは「自分は正しい」と思っている人なのではないか、
と思った。

「人間のいろいろ」のどこかに既に書いたかもしれませんが、
真面目な人ほど他人に対して厳しいです。
自分はちゃんとやっているという頭(気モチ、考え)があるので、
ちゃんとやってない他人を批判する。
こういう人は沢山いますね。

本当にちゃんとやってるのならまだ分かる。
でも自分がちゃんとやってないってことに気づかず
他人がちゃんとやってないことにはすぐ気付く人が殆どではないだろうか?
私の体験ではそうです。

rakanさんのように自分はちゃんとやってても、他人を責める前に
(自分もいまいちだよな)と、思い出し受け流すというのは凄いです。
こういう人は例外的ですね。

他人に寛容なことが望まれます。
寛容たらんと欲してもなかなか寛容にはなれない。
その時は「自分」を思い出すことが一番良い方法ですかね。
Rakanさんとシンクロしたようです。

<ネ申>(2008年5月1日)


germaniaがまた「ネ申」を発見したらしい。
頑張れ農村!
私はコレを聞いて踊りました。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm3101468

素人だか玄人だか分からないけど、こういうのを無料でやる
時代となりました。
こういうことでお金を稼いでいるプロが困る時代。
どんどん変わっている世界。
私は次の世(変化が完成した世界)に期待する。

<好条件で就職!>(2008年5月1日)


ブログでもないのに毎日幾つも更新しなくてはなりません。
閲覧者の方から嬉しい報告があるからです。
はああ・・・(疲労感
時間をおくと忘れてしまうので、覚えているうちに掲載しますね。


その方は40代の主婦です。
結婚してから仕事を辞めて子育てに専念してきました。
で、最近猛烈に外で仕事をしたくなったそうです。
すると、自宅のそばで大変条件の良い仕事が就職情報誌に載っていたそうです。
しかし年齢制限を超えていた。
普通ならそこで諦めるところですが、この方は臆することなく申し込んだのだそうです。


ifさん



こんばんは。
ちょーうれしい出来事がありました♪

先日メールで話していたパートの仕事が決まりました!!

働こうと思った頃に目に飛び込んできた求人募集で、
トントン調子で決まって良かったです。
ハイパースシーン<龍神>のブレスが引き寄せてくれたかな!?w

去年の3月からPANDORAで学んだこと、
心で戦わないとか、無心になることとか、
その他多くのことを実際に生かしていけるように
したいと思っています。

それにしても昔の私だったら、
人間関係も、いい人達とかなりの問題児達が
どこかで対立するようなところに縁ができる事が多かったし
私も心で戦うしで、ネガティブに引っ張られやすかったです。
今度、またそんな場所であっても、昔の私にならないように
学びの場と思っていきたいと思います。


あ〜PANDORAに出会っていて良かったー♪


どんな仕事かと訊いてみたら、これがまぁ、
◆短時間
◆時給高い(相場の二倍です)
◆楽
な仕事でした。

主婦なので、勤務時間はなるべく少ない方が良い。
家から近い方が良い。
時給は高い方が良い。
キツイ労働や屋外の厳しい条件の元での労働は困る。
私もこれらの条件で仕事を探していました。
ただし、年齢制限があったりして、なかなかこういう仕事には就けませんよね。
でも、この方は採用されたそうです。
奇跡に近いです。


思うにこの方の守護存在がこの方の心を見て、
相応しい場所に連れて行ってくれたのだと思います。
この方に就職情報誌を見せたことも守護存在の働きだと、私は思う。

この方は一年間PANDORAの「人間の話」を読んで勉強していたそうです。
その間、この方の周囲は何も変化しませんでした。
試行錯誤がありました。
でも、心は着実に変化していたのです。
その心の変化に相応しい結果が出たのだと思います。

「まず心ありき」


これは「アワが先」「サヌキは後」ということです。

皆さんも、もし自分の運勢を良くしたいなら、まず心を変えましょう。
するとその心に応じた世界が開けますよ。

<年収400万円>(2008年5月2日)


上の記事<好条件で就職!>を読んだ方から、体験談が来ました。

ifさんに希望の会社に入れる絵を描いていただきましたが
その時に年収400万円!って言っておりました。
その他にも人間関係が良くて、育児休業も取れて。。。と良いことだらけをお願いしました。
で、年収400万円は難しいかな。。。という採用条件でしたが
前は非正職員だったので年収は倍になりました。
その他は人間関係も良く、育児休業も是非取ってください という会社なのです。
年収400万円ですが、もしかしたらいくかもしれません。
今年の夏のボーナスはまだ就職したてなので、
皆さんの半分ですが、それでも半分もらえるのは有り難い。。。
私は今給与担当なので色々情報が入ってくるのですが
求人にのっていた賞与の率より、実際はもっと良かったんです。
つまり求人は少なめに載せていたみたいです。
嬉しいです!

この方には「就職を支援する絵」を描いてます。
条件を沢山挙げてくれてまして、いくらなんでも全部叶うってのは無いでしょう、
と私が言いました。
そして「この方にとって最良の職場に就職出来る絵」を描きました。
絵に描かれたビルはイニシャルが
「S」でしたが、本当にイニシャルSのビル内の
会社に就職したのでした。


この方が最初に挙げた条件の一つが「年収400万円」です。
年収400万円て月収25万円、ボーナスが二か月分50万円二回、ですかね。
かなり良いです。
なので、「いくら何でもそりゃあ無いだろう」と。
だって、この方はその他にも「育児休暇有り」他、沢山の条件を上げていたのだから。
私は通常、他人の言うことにはOKを出してます。
ポジティブな私なので、他人の夢の足を引っ張ることはしません。
が、いくらなんでも、それはちっとムシが良過ぎねえだか?と、思ったのでした。

それが殆ど叶ってしまったようなんです。
しかも会社の雰囲気は最高だそうです。
経営陣の意識も高いそうです。
同僚の女性たちは幸せオーラを発散しているそうです。
凄いです・・・

たった1年ちょっと前には堕ち込んでいた方ですが、何度も何度も悟り、
ここまで高まったのでしょう。
私も嬉しいです。

夢は何を願っても良いそうです。
遠慮しないでいいみたいです。
楽しく、最良の夢をみましょう。

<怒らなくなった>(2008年5月1日)


「怒ると瞬時にレベル20」だったM氏が、怒らなくなったそうです。
我慢しているのではなくて、腹が立たなくなったそうです。

レベル20と出てから、腹を立てるたびに
(あ、これがレベル20だな)
(あ、またレベル20に!)
(うわ、またかよ!気を憑けよう)
と、自覚していたら、いつの間にか腹が立たなくなっていたそうです。

全然腹が立たなくなったのではないと思います。
今まで、5段階で表せば「3」くらいの刺激で怒っていたのが
耐性がついて今では「4」とか「5」の刺激が来ないと腹が立たないのでは?
と、思います。

私もそうです。
以前は「2」くらいの刺激で怒っていたのが、今では「4」くらいの刺激が来ないと
腹が立たない。
耐性が憑いたのでしょう。

世の中を見てみると、刺激「1」とか「0.5」とか「0.1」くらいで
怒ってしまう人がいます。
そういう人の心はさぞかし苦痛だろうと想像します。

自分の心の中の鬼=ちょっとしたことで怒ってしまう鬼
がいるのを自覚すれば、その鬼の力が次第に無力になっていきます。
やはり自覚することが大切ですね。


さてさて、M氏。
また謎の方の意識レベル判定を受ける日が楽しみですね。

<私も怒らなくなった>(2008年5月2日)


上の記事<怒らなくなった>を読んだ方からの報告。


意識レベル判定をしていただいてしばらくは
その判定結果を踏まえて行動・自分を見たり出来なかったのですが
最近は、自分が怒ったとき
どうして私は今怒ったんだろう?
とか
どうして今私は落ち込んでいるんだろう?
とか
見れるようになってきまして
怒る⇒すぐに怒った事を意識して自分を見る⇒原因を探る
そんな作業をしていたら、
だんだん怒らなくなりましたし、今の環境が怒るような事が滅多にない環境なんですけど・・・。
毎日楽しくなってきました。というか楽しい!

原因を探る、という作業はかなり有効です。
何故なら怒っている時、泣いている時、つまり感情的になっている時は
思考出来ないからです。
そこを思考するということは、感情的になるのをいったん中止する、と
いうことですね。
これが出来ると感情的にならずに済みます。


また、怒らないと決めたら環境が怒らなくて済む環境になっていた、そうです。
環境が心と同波長になっていたんですね。
心のままの世界が展開しますね。

<クリスタル・チルドレンの歌>(2008年4月30日)


先日「パンドラの壺」→「etcX」に<クリスタル・チルドレンの歌>を掲載しました。
複数の方から「if さんはもう聴きましたか?」というメールが来たのと、
歌詞が分かったので記事にしたのです。
私はまだ「みんなのうた」を見ていませんが、Uチューブでちょっと聞きました。

さて、この「クリスタル・チルドレンの歌」について、
GAIAのまはるださんが面白い記事にしています。
まはるださんはPANDORAの「クリスタル・チルドレンの歌」の記事を
引用して記事にしていますが、その記事をまた引用したいと思います。
行って帰って来た、みたいな感じ?



とあるところ (2008/4/29)=「GAIA」(リンク1)の記事より。

面白い?ブログを発見した。
先日PANDORAで紹介されていた「クリスタルチルドレン」の歌についての
記事
(抜粋したい部分が長すぎるのでリンクします)も読んだ。

・・・突っ込みが面白い・・・・

重箱の隅というか、小姑的というか、そういう突っ込みなのだが。
文章最後の決め台詞?「まぁ、、そゆことで」はイラっとというか
ちょっと小憎らしいのであるが(おっさんが使ってるトコが@偏見)。

少し考えてみた。
この方の言うことも確かに頷ける部分もあるのである。

基本的に、光の側に、「憎しみ」は無い。
憎しみというコトバを持つのは、、「闇」です。
つまり、光との戦(いくさ)に敗れて、地に堕とされた側だから、、
光に対する「憎しみ」「憎悪」を、、長年しつこく抱えていたわけで、、
だから「許せる勇気」って表現であって、、、
光の側に、何かを許すとか許さないとかいうモノは、、元々無いんですよ。
ですから、、出自は、ブラック、、
それらが、地球を支配する為に、「偽りの愛」を叫びだす。そんな構図ですね。
第一、スピ的には、「許す」「許せる」ってコトバが、、ナニサマかもです。


「出自は、ブラック、、」というところでふきだしてしもうた。
別に天使天使というのを小ばかにしてるわけじゃなく(私も天使は好きである)、
この方の「あくまでも自分が正しいということ前提」の物言いの
小気味よさ、リズムにふいてしまったのである。
「光の側に、「憎しみ」は無い。」「元々無いんですよ。」と言い切るところが。
そうかも知れないが、この方が神示や次元上昇をまやかしとか
そんな類で受け取っているように、自分の持ってる
「核(この方はこの言葉をよく使うみたい)」
自体がまやかしという可能性だって万が一にもあるかも知れないからだ。
まるで自分だけ真実を知っているかのような言い回しも気にかかる。

私が頷いたのは「許す」「許せる」ってコトバが、、ナニサマかも
というところである。
ナニサマとは思わないけれど「許す」と言う言葉について
最近考えていたのである。

この「許す」というのを目にする度に「ひとつ屋根の下」の
あんちゃんのセリフを思い出すのである。

「許すとか許さないとか・・・人間ってそんなにエラいんですかね」
確かこんな感じだった。

シチュエーションによるとは思うのであるが(もう明らかに被害者に非がない場合、
児童虐待とかはそりゃ「許す」とか「許さない」とかも使われるかも
知れないと思う)、「何?あの娘、あんなに男はべらせちゃって!許せない!」
というようなのは「ナニサマ」にあたるような・・・
自分で視野の狭いルールを作ってそこからはずれたら「許せない」と
いった感じはどうよ、だろうか。
このブログの方は極論のような気もするが、まるきり否定も
できないと感じた。

神示(たぶん「ひふみ神示」のことだと思う)についても意見を書かれているが、
人により8通りに解釈できるという神示の一通りでしか解釈していないというのを
知ってか知らずか(この方は神示が命令口調というのを取り沙汰しているが、
それも一通りの解釈・受け取り方でしかないのだと思う。別の受け取り方を
してる人が別の受け取り方をしてる人に説明しても通じないと思うし)
否定しているのには違和感であるが(より所を奪われてムカついてるわけでなく。
それにこの方はたぶん神示を全部読んでいないか読んでても内容を忘れてる)、

神と交信できる事が、「存在意義」になっているんで、、
その視点でしか物事を判じる事が出来ない。
そこを否定されると全てを否定されたと捉えてしまう。
まぁ、、それだけが、自分の「頼り」なんです。
だから執念深く粘着する。
まぁ、、そういうのは、、肉体を持って
この世にいることに意味が無くなるってコトです。

という点には深く頷けるが(確かにそういう人がスピリチュアル好きな人に
多いと感じている。)、
「クリスタルチルドレン」の歌については言葉面どおりに受け取っただけで、
あの「憎しみ」というワードは別のとこにかかるとか、
今目の前にキツイことがあってその子を勇気づけるためのものだとか
(酷い目に遭って「憎しみ」をわかないようにするというのは
難しいのではないだろうか。あの歌は作詞したシンガーソングライターが自分の娘に
なんとなく書いた詞だそうなので、まんまクリスタルチルドレンのことを
歌っているわけでもないらしいし。「たまたま」のことの
ようである)色んな可能性を考えたら
小姑的意見にならんのじゃないか、と思ったりもする。

私もそんな小姑的なことを考えながら、
まあ・・・また覗くと思うんだけども。
チャネリングやリーディングへの意見も頷けるところがたくさんあるので、
たぶんまた覗くなぁ・・・
と考えている。


紹介されていたブログへ行ってみましたが、突っ込みが秀逸だと思いました。
「クリスタル・チルドレンの歌」については、情報の一つとして
PANDORAに載せましたが、両手(もろて)を上げて賛成するものではありません。
Uチューブで一度、途中まで聴いたけど歌詞の力(意味)に頼ったような曲でした。
曲は平凡だと思った。
私は感動出来なかったです。
今日本で流行っている曲の殆どに私は感動しないので、この曲に特に
感動しないということではありません。

このブログの管理人さんは頭で考えて意見を書いてるけど、
そういうのもまた参考になると思うのです。
天使やクリスタル・チルドレンと聞けば「善いに決まってる」と
思うのは陶酔次元です。
天使と聞くと、もうそれだけで嬉しくなり舞い上がり両手を挙げて賛成し陶酔する。
そういう傾向に対しての警告のような記事ですね。
良い意見だと思う。

でも日月神は「どんな悪神を拝んでも、拝む人間の心に等しいモノ(異次元)と
繋がるのでOK」みたいなことを言ってます。
○○学会に入っていても麻原○○を信じていても、その人が本当に心が清ければ
本人の波動と等しいモノと繋がっているのだから、大丈夫です。
ただ洗脳の恐れは、何もしていない人よりも高まりますが
これらのモノを信仰していなくても人は他の(さらに困った)モノを信仰しているので
特に困ったことでもないと思います。


天使などに情緒的に陶酔しても、心が清く波動が高ければOK。
天使などを理性的に考えても、心が清く波動が高ければOK。


これが私の意見です。

<鬼>(2008年4月30日)


上の記事<クリスタル・チルドレンの歌>を読んだ方から感想が来ました。


人間のいろいろ8(クリスタルチルドレンの歌について)を読ませて頂きました。
まはるださんの文章も紹介されていたブログの文章も面白いですね。
二人ともツッコミが面白い。
ごく当たり前のことも書いている。
こうゆう意見はあった方がいいんだろうと思いました。
誰かの言葉を鵜呑みにするのではなく
それを自分で考える材料の1つにしていくことが大事なのかもしれません。
自分の立ち位置を確認させられ、身が引き締まる思いでした。
 
昨夜お風呂に入っている時にふと「人の心には鬼がいる」という言葉が浮かびました。

日本酒の銘柄に「鬼ころし」というのがあります。
たしか飛騨の銘酒だったような・・・
この場合の鬼も「心の中の鬼」のことです。


鬼は退治するか・・・いや、それは無理だな、退治しようとする心もまた鬼だな・・・
ということは・・・・仲良く共存?
鬼がいるということを受け入れて生きる・・・?
 
それなんですが。

日本の昔話に「大工と鬼六」という話があります。
山奥の村の川に、何度橋を架けても流されてしまっていたので
とうとう腕利きの大工が村人に頼まれてやって来ます。
大工が或る晩、橋を架ける場所に来て思案していると
そこに鬼が現れ「オレが橋を架けてやろう。」と言います。
でも交換条件があって、橋を架けたら大工の目玉を寄越せと言います。
大工は良く考えずに「くれてやるよ。」と約束してしまいました。

翌日大工が川へ行くと橋が半分出来ていた。
その翌日には橋が完成していた。
そこへ鬼が現れて早く目玉を寄越せと言います。
大工は慌ててちょっと待ってくれ、と言って逃げ出した。
鬼は「オレの名前を当てたら許してやるぞ=っ!」

大工は怖くなって逃げて逃げて山の中に入って行った。
するとどこからかか細い声で
「は〜やく鬼六目玉持って来〜」という子守唄が聞こえた。
(ははあん、これが奴の名前だな?)

次の日大工が川へ行くと鬼がやって来た。
その鬼に「おまえの名前は『鬼六』だろう!」と叫ぶと
鬼は「誰に聞いた。」と言って姿を消した。

西洋のお伽話にも、悪い小人に殺されそうになった男が
小人の名前を呼んだら小人がその人に手出しが出来なくなって
去って行った、というのがあります。

これらの話の意味は「正体が分かってしまえば、もう悪さが出来なくなる」
ということ。
鬼や(悪い小人)というのは、ひとの心の弱みに付け込む存在の
象徴です。
また、それらが住んでいるのは「心の中」であると言えます。
夢判断でも鬼や小人などは「当人が見たくない、自分の欠点」です。

それらの名前を知るということは「自分が見たくない欠点などを知る」
ことです。
名前を知る=正体を知る
見ようとしない知らない気付かないから、悪さをするのです。
無意識の怒りや憎しみ妬み悲しみなどが、当人を破壊します。
そのことを象徴的に表したものが鬼や小人です。

知ってしまえば悪さをしません。
これは
「悪、抱き参らせよ」という日月神の言葉の一つの解釈です。
(私なりの)

多くの方が「自分の心に悪が有る」ことを知っていますね。
知識として。
ではどんな悪があるんですか?
なんだか分からないがあると思う・・・くらいですか?
良くわからないものを抱いている、みたいな状態ではありませんか?
ただ何となく抱いているだけではダメだと思います。
自分の心の中の鬼の正体がいったい何なのか。
妬みなのか怒りなのかを見極めることが「名前を知る」ということですね。
お伽話はそういうコトを言っているのです。
(私の解釈では)


光だけというのは有り得ない、光があるなら闇もあるはず。
であれば光も闇もどちらも受け入れるしかない。
まはるださんが紹介されていたブログ主さんの「光の側に憎しみ(闇)は無い」を読んで
昨夜の鬼のことを思い出しました。

一人の人の言うことを鵜呑みにせず、自分をしっかりと持ち
自分の頭で考える態度は素晴らしいです。
さまざまな意見は全て「参考意見」として取り入れるが良いと思います。
信じてもいいが、信じ込んではいけない。
判断するのはあくまでも本人です。
それをしないであっちの情報こっちの情報と渡り歩いていると
思考ということが出来なくなる。

情報が溢れている今、この方のようなしっかりした心の姿勢が望まれますね。

こういう態度を続けていれば、自分の心の中の鬼の正体を
いつか発見できるでしょう。
思考しないで過ごせば一生分からないでしょう。

<呪い>(2008年4月28日)


祟るだの、呪いだのと禍々しい記事が続くぞえ。
知らぬとは恐ろしいことじゃて、ふえっふえっふえっ。


ここで言う呪いは
「普通の人が悪意無く、無意識に他人にかける呪い」のことです。
これは意外に多いです。
無意識なので自覚出来ない。

一番多いのが子育て中ですかね。
子供の居ない人は子供が欲しい、居たらいいな、と思うかもしれませんが、
居たら居たで大変です。
子育ての大変さ、経済的な理由だけではありません。
親が子供に無意識に呪いをかけてしまう可能性が高い。
(殆どの親はやっていると思います)
スマ師も
「子供が居ない人は子供を欲しがって苦しむが、子供が出来ても苦しむ」
書いています。
その通りです。
なので、私は子供の居ない人を気の毒だとは思いません。
羨ましくもありませんが。


今から20年ほど前に聞いた話です。
私は或るお店で買い物をしていました。
すると年配の女性客が他のお客にこんなことを言ってました。

或る人(婆さん)が孫が悪いこと、悪戯をしたので
「この手が悪い!こんな手、なくなっちゃえばいい!」と叱ったそうです。
するとその子はそれから数年後(十年後か)事故で片腕を失ったんだそうです。
その女性客は「そういうコトを言うものではない。」と言ってました。
尤もだと思いました。

孫を叱るのに「手がなくなればいい。」とはトンデモない祖母さんです。
しかし世の老人の多くはそんな程度だと思います。
素質もあるだろうが今までの日本の歴史と教育も原因ですね。
例外を除いて、マットウな教育とは今までどこでも為されてない、と私は思います。

祖母さんの心無い言葉が幼い孫の心にしっかり刻み込まれてしまった。
それが十年後(くらい)に具現化しました。
潜在意識に届いたら実現せざるを得ないそうです。
その通りになりました。
これが
「呪い」です。


特に幼い子供の場合は、顕在意識が殆ど発達していません。
言葉はそのまますんなり潜在意識に届いてしまいます。
怖いですね。

我が家では子供は毎日「良い子だ良い子だ」「可愛い可愛い」「賢い賢い」と
言って育てました。
言葉はタダなのでね。
手間を掛けたり世話をするのは嫌いで、料理もろくに作りませんでしたが
これらの言葉かけはして良かったな、と思います。

しかし失敗も沢山していますよ。
知らないうちに呪いを掛けてしまったと思います。
イマイマにキを入れれば今の発言の意味や及ぼす影響を自覚出来たでしょうが
そうではなかったので、きっとやっちまってます。

また、親の言葉が子供の潜在意識にストレートに入るなら
もっと意識的に言葉を掛けてやれば良かったと思います。
「オマエは勉強が出来る」と、言えば良かったなぁ!
あ〜〜あ、後の祭りだ。

「オマエは勉強が出来る。」
「一流大学に入る。」(その前に「現役で」とつけないと)
「きっと東大に入るよ。お母さんには分かる。」(なるべく現役でお願い)
「おまえは天才だ。」(あ、これは我が家で毎日言ってるな)
「天才だから絶対ノーベル賞を取れるよ。」(賞金が目当てか!)
「仕事が成功して大金持ちになる。」(ヤバイ仕事では無いことを祈る)
「大きくなったら仕事で世界中を飛び回る。」(これもヤバイ仕事では無いことを祈る)
「総理大臣になる。」(ならない方がいいか)
「有名人になる。」(でも、犯罪で有名になるかもしれないな、やめておこう)
「立派な人間になって世のため人のために働く。」
「日本の国に役立つ人になる。」
「物事が分かり、スマナサーラ師のように人の心を救う人になる。」
「何かドえらいことをする。」(これもまずいか)

実現したらまずいこともあるので、言葉は慎重に掛けないと。
しかし、学歴や職業などは本人の好みがあるので、限定するのは良くないですね。
上に書いたようなことをまとめて
「オマエはきっと幸せになる」
「オマエが願えば何でも実現する」
(まずいことを願わない子に育てた上で)
で、どうでしょう?
これなら細かいところは本人の才能や趣味でなんとでもなります。

上に書いたような他人に掛ける言葉でプラスのイメージのものを
「祝福」と言います。


西洋のおとぎ話には呪いや祝福の話が良く出て来ます。
日本は
言挙げせぬ国(黙ってる=アワ)なので言わない。
しかし西洋はサヌキなので言います。

王様のところに王子や王女が誕生する。
そこへ魔女が招かれて生まれた子供を祝福するのです。
「この子は将来かならずや立派な王と成りましょうぞ。」とか。
それを聞いて王は満足するわけです。
ところがタチの悪い魔女が招かれてもいないのに(箒に乗って)やって来て
16歳の誕生日の日没までに糸紡ぎ車で指を突いて死に、
 愛する人といつまでも幸せに暮らすことは決してないだろう
。」
という呪いを掛けたりします。

これは子供が幼いうちに掛けた言葉が将来を決定するということに、
昔の人は気づいていたから出来た物語だと思います。
その言葉が良い意味なら「祝福」、悪い意味なら「呪い」です。
プラスとマイナスの違いはありますが、「幼い子供に言葉を掛け、
潜在意識に到達させる」という意味では同じです。


主に幼児時代について語りましたが、幼児時代に限定されません。
本人が「他人の言動に左右されなくなる」まで、祝福も呪いも有効です。
年齢的には大人でも他人の言動に左右されない人はあまり居ないので
祝福も呪いも殆どの人は有効です。
ただし、やはり幼い子供への影響は比較にならないほど大きいと言えるでしょう。

<呪いの実例1>(2008年4月28日)


うちの姉妹、全員が離婚してます。
これは母に祟ったんじゃないかと思います。
 
小さい頃から、父方の親戚の離婚した人や
近所で再婚した人、婚期の遅れている人などのことを
母はいつも悪く言っていました。
そして、自分は子供たち(私たち姉妹)のために
離婚したくても、ずっと我慢してきた、と言ってました。
 
それなのにどうして自分の娘はこうも離婚するんだろう・・と母は言ってます。
まだ気づいてはいないようです。
 
私はそうやって他人のことばかり、それもうわべや結果だけで
陰口ばかり言ってるから、全部返ってきているんじゃないかと思います。
 
結婚してない人も、離婚した人も、再婚した人も
それぞれに理由や事情があるのに、さんざんバカにしてきましたから。
 
私はサイトにも書きましたが、母と絶縁状態です。
でも私は今すごく落ち着いてスッキリしてます。
母の押しつけから、ようやくこの年になって解放されて。

この方は「祟り」の実例として報告してくれましたが、
これは呪いですね。

願望実現の方法に二種類あります。
自分がそうなりたい、欲しいものを思い浮かべてそれが叶う場合。
自分がなりたくない、怖れていることが実現してしまう場合。
その二種類です。

心に強く思い、それが潜在意識に到達すれば叶うらしい。
だからマイナスなことは思わない方が良いのです。
本気で心配すると実現してしまうので怖いです。

この方のお母さんは毎日離婚した人の悪口を娘たちに聞かせていた。
毎日聞いていれば潜在意識に到達しますよ。
なので、この娘さん達は全員、お母さんの言葉の通りの
「心配ごとが具現化」したのです。

これも呪いです。
「〜〜しちゃえ!」というのは呪いですが、
「〜〜しちゃダメ!」というのも呪いですね。



このケースも原因は母親です。
本当に母親や祖母が原因となって、不幸になるケースが多い。
お伽話の魔女のようです。
女には男より豊富な心がある。
その心のレベルが低く腐っていればこのような結果になります。
女はその点をしっかり自覚し、意識を高く持ちましょう。
でないと周囲に不幸な人間を増やすことになります。

<呪いの実例2・・・低身長>(2008年4月28日)


以前、本質の絵を描いていただいたNと申します。
人間のいろいろ「呪い」を読んで、最近感じていたことと重なるので、
思い切って書いてみます。

私の小学生の息子はとても小柄で、同級生と比べて頭一つ分くらい背が低いんです。

ウチの子も皆小さいです。
次女なんかアタシより小さいくらいですよ。

成長ホルモンの分泌が正常かどうかの検査を勧められて、先日受け
今は結果を
待っているところです。
産まれたときから小さめで、私ずっと「ちっちゃくて、かわいい」と何度も
何度も言ってしまっていたんです。