<未来の仕事のあり方を読んでの感想>(2008年5月13日)
上の記事を読んだ自営業を営む男性から感想が来ました。
仕事の話の記事、そしてrakanさんのブログの話も読んで、そうだなあと思いました。
楽しいことというのは、喜びの中で自分を輝かせながら力をだしきることができることだと改めて思います。
最近、本業でお客さんに”あなたの力を出し切りなさい”と言葉は違いますが、そんな意味だと感じれるお叱りをいただきました。
何日も前から前フリがあったので、最初はフィーを負けさせるための言いがかりかと思ったんです。(恥ずかしい限りです)
でも、話を聴いているうちにこれは、天の声だなと思いました。
たしかに仕事に関して消耗している心があり、手を抜くわけでは無いですが、自分でも力をだしきれていないのは気付いていました。
どこかで、誰かのために、誰かのためにという思いもありました。
どこか苦しいのは自分のエゴのせいと頭で言い聞かせていたところもありました。
仕事量とフィーのことや仕事の内容について、垢のような思いもありました。
そんな状態に、趣味は楽しいのでエネルギーを注ぎ込む量のバランスが崩れていたようです。
つまり本業があまり楽しくないので、趣味に力を入れていた?
本業に没頭出来ない人は趣味に走りますね。
趣味が悪いとは言わない。
問題はバランスでしょうね。
しかし、しばらく抱える鈍痛のような苦しさと、ここ数日の出来事や記事などを通じて、
ああ、まず自分が嬉しかったらいいんだ!それで自分を出し切ればいいんだ!
もっと乱暴に言えば、自分の為が人の為なんだ!人が喜ぶのは、おまけ程度かもしれない。。。。と気付きました。
その通りです。
この方は良いことに気づき、悟りましたね。
自分が楽しいこと≠他人が喜ぶ
と思いこんでいたことが間違いです。
自分と人とを分けている。
本当は
自分が楽しい=他人が喜ぶ
が正解。
(※今はそうではないけど、そのうちそうなる予定)
(※また、自分が楽しいことが他人の喜びである、そのレベルまで自分を高めることも必須)
たとえば私は日月ブログの管理人さんに言います。
「まずは自分が楽しんで書いてね。
それを読む人のためになるのは勿論だけど、まずは自分のために書いてください。」と。
日月ブログの方は閲覧者の反応があろうとなかろうと、自分のために書いてるはずです。
次の世は多分そういう世界ではないか。
自分のために楽しんでしたことが他人にとっても喜びである世。
(※そのためには自分にとって楽しいことが他人を害するものではないことが条件。
だから、自分が何を楽しむか、が問題ですね。
他人を害することが楽しい人は次の世には居られない)
やってる本人が楽しくないことは、他人が見ても実は楽しくないということは、盲点ですかね。
このことは以前から言葉の情報としては頭にはありましたが、ハラには落ちてないなかったようです。
まずは情報として頭に入れればいつかそれが腑に落ちます。
それが腹で分かったという状態、相似象で言うところの「ミ(身)の次元で分かる」ということです。
心で分かるということが本当に分かるということです。
頭で分かるってのは分かったことにはならず、それを「知る」と言います。
イ(意)の次元で知る、ということです。
しかしまずはイ(頭)に知らせなくてはなりません。
この方はちゃんと順番通りやっていたわけです。
おそらく自分のやり方が悪いということもあると思います。好きでもやり方が悪いと楽しくなく苦しいばかりです。
そこで判断力の向上が必要になりますね。
頭(サヌキ)を使います。
ずっと、この変化の流れは感じていましたし、ここらで、ひっくるめて見つめ直す時がきていると感じます。
いい感じです。
あなたが何も考えないでやって来たら、悟ることは無かったでしょう。
仕事をするということは、自分を知る手段であります。
趣味でもいいが、趣味はやらなくても良いものですね。
それより、やらなくてはならないことをした方が悟れる可能性が高い。
実際は仕事をしても何も悟らない人が殆どですがね。
女なら子育てをすると良い。
子育てが嫌でもヘタでもやらなくてはならない。
子供を捨てるわけにはいきません。
一人につき18年は面倒を見なくてはならない。
だから、心が鍛えられます。
実際は何人育てても何も悟らない人が殆どですがね。
男性は仕事で悟り、女性は子育てで悟るのが自然で良いです。
勿論男性も子育てで悟るし女性も仕事で悟れます。
この方は仕事を通して自分を見つめ、分かり、悟っています。
やる気があれば誰でも出来ます。
やろうと思えば出来る。
出来ない人はやろうとも思わないのでw
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