怪我・病気・事故

病気や怪我の原因には諸説あり、どれも当たっていると思うのです。
でも、ここで主に語るのは「私が体験し(伝聞もありますが)推理した原因」です。
推理の基にしているのは主に「因縁の法則」という本と、前世鑑定の浅野氏の本です。

記事は上に追加されます



<肝臓/銀杏(いちょう)の葉が効く>(2008年10月14日)


下の記事同様、ホ・オポノポノに書いてありました。

イチョウは、肝臓に蓄積されている毒素と関係あります。
イチョウの葉を押し花にして、財布や手帳に挟んで持っているだけで、
肝臓の解毒機能が改善します。

<心臓と呼吸器系統/楓(かえで)が効く>


心臓や呼吸器系統に問題がある人は、カエデの葉を持っているだけで癒されます。
カエデの葉は、氷河の純粋な空気を運んできてくれるのです。

<死にまつわる悲しみ、恐れ/ピンクの百合が効く>


ピンクの百合、カサブランカの花から、私は水を飲むイメージをします。
このイメージによって、死にまつわる痛みや悲しみ、恐れがクリーニングされます。

<乳がん=怒りが原因>(2008年10月11日)


「ホ・オポノポノ」P182より

しかし女性は、本来持っている尊厳を十分に表現したり、
発揮する場所が少ないので
時としてその怒りが乳がんとなって表れます。
女性の乳がんの原因の多くは、怒りの記憶なのです。
また女性の怒りは、男性には前立腺がんをなって表れます。
前立腺がんは、女性の怒りの記憶が原因である場合が多いのです。


がんの原因は怒りですね。意識出来ない怒りです。
それが本人だけならまだしも、
怒りの対象である、相手の人にまでがんを生じさせるというのです。

私たちは意識に気をつけないとなりません。
意識を意識化しましょう。

<背骨が90度曲った人>(2008年8月5日)


主人の元上司、今は退職した人がいるんですが、その人が
パ一キンソン病になり何度も転んだので、背骨が90度曲がってしまったそうです。

う〜〜〜Mu。

この人は現役時代、権力を振るって威張りに威張っていたのです。
社内でも社外でもどこでも威張る。
威張れる職種なのです。

で、当然、姿勢はそっくり返るといういか、ふんぞり返るというか、後ろの方に10〜20度は
かたむいていたのでしょう。転ばない程度に。見てないけど。
私の父までもが
「〜〜ちゃん、あんまり威張るなよ。」
「××屋の老後は哀れだぜ〜」
と忠告していたくらいですが、
この人は周囲の全員を小馬鹿にしていたんでしょうね、誰の言うことも聴きません。

で、退職した後もなんだか会社を相手に訴訟を起こしたりしていました。
正義感からやっていたこともあるのですが、それより「オレの言うことをきけ」
というのが主な目的。
退職後は会社の株主になり、総会で厳しい意見を述べてみたり。
周囲の人は「訴訟なんか止めとけ。」と忠告しますが、ひとの言うことなど聴きません。
もうフリーですから現役時代よりさらにそっくり返っていたようです。
想像では後ろに30度はかたむいていたのではないか。
根は善い人なんですが、やはり物事がいまいち分からないんでしょうね。


で、今は背骨が、前方に直角に曲がっているそうです。
主人が言うには
「今までそっくり返っていたから、今度は逆方向に曲がってるんじゃないか?はははh!」
ですと。
恩義の有る上司に対して。
ヒド!

しかし、この珍説は言えているのではないかな、と思います。
人生の前半で威張り過ぎた分を、晩年になって
「常に謝罪している姿」で過ごす羽目になって、辻妻を合わせているのではないかと、
プラスマイナスゼロなのではないかと、やり過ぎた分を今逆方向に持って行ってるのでは
ないかと、夫婦で推理しているわけです。

性格は本当に良い人なので、何か考え方を間違ってしまったのだろうと
思うんですよ。
心の有り方を知らない世代(昭和一桁)なので、気の毒っちゃあ気の毒ですが、
それにしても限度を超えていたんでしょうね。

何事も限度を超えてはいけませんね。

<カルトの将来>(2008年6月28日)


カルトになりつつある集団を思い、困ったものだと思っていたら、
今日読んだ本に私の考えをまとめたような文章が載っていたので掲載します。
「神とともに/真心」(明窓出版)神立学著。125ページ。


ヨーロッパを後にしようとする、アムステルダムのスキポール空港でのことでした。
塔乗口前で、六人ほどの東洋の国の一団が、団旗を掲げ、集団気功をやっていました。
何なのかな?と思う位の軽い気持ちで通過したのですが、途端に気分が悪くなったのです。
(if注:著者は霊能者)

仲間の二人も同じ状態に陥りました。この状態を見て先生(沖縄の聖人、S師)は、
「心と身体が一致していないと、言い換えれば、魂・心・肉体のバランスがとれていないと、
親神様の思いは届かないのでしょうかね。」とおっしゃったのでした。
バランスが崩れていると、互いに同じ状況を共有している人同志でしか理解し合えない。
そのような集まりが世の中にはたくさんあるように思います。
私(※著者の神立女史)も多くの団体で心の学びをしてきましたので、
いまにして思い当たることがあります。
宗教もその一つかもしれません。
ジャンヌ・ダルク様も先生にお会いして、バランスが崩れていたことを初めて知ったようでした。

先生(霊能者やチャネラーではない、それ以上の方)は、この一団を見た後に、
「この人たちの将来を示すものが現れるよ」とおっしゃいました。
先生の言葉が終わってすぐ、私たちの前に、病気の身体をやっと動かしているかのように、
重々しい足取りで杖をついて歩く人を見たのです。

魂・心・身体のバランスが取れていないと、たとえ健康法を日々実践していても
目的とは裏腹な結果を招く、その端的な実例を見せていただいたような一駒でした。
私たちが健康のためにと努力しているさまざまなことも、
これと同様に当てはまることがあると思います。
健康な体で、心と魂をどう磨いていくかが、とても大切であることを学ばせていただきました。
いつもの事ながら、先生が言葉を発した直後に形で見せられる奇跡、・・・
神様の仕業としか思えないことでした。
機内に入る直前、先生は
「人を惑わすのは、大変な罪なんだね」と、ぽつっと言われました。
また、この現実の姿を見て、先生の言葉を思い出しました。
「次元が低い程、自分を正当化してくる。
 次元が上がってくると、言われていることを素直に受け入れることが出来るのですよ」。
日本への帰路、機内にて反省しきりの私でした。


S師は森羅万象を見ただけで瞬時に意味が分かる。
が、霊能者ではありません。
大昔日本に居たカタカムナ人が、このS師のような能力を持ち森羅万象を感受していたそうです。
例えばカタカムナ人は望遠鏡を使わず、毎晩星を見て、太陽の動きを見て
「地球は自転しながら太陽の周りを回っていること」を感受していたのです。
(直観物理といいます)

S師は霊能者でもチャネラーでもないが、目の前の事象を見るとその意味するところが
分かるのだそうです。
これは人として生きているうちに、家庭を持って子育てをしているうちに
だんだんその能力が磨かれてきたそうです。
何も特別なことはしていません。
とても優しい方だそうです。

それはともかく、相似象はどのような思想とも相反するということが無い。
何故なら
「ありとあらゆる物事を理解するための頭を作り、感受性を高めるための方法」
だからです。
集団になる必要もカルトになる必要もない。
皆がその場所で、一人で始められます。
誰にでも出来る。
皆に開かれている。
書かれていることは「当り前のこと」で秘密でも何でもない。
ここまでアワな思想は他にはないのではないかな。


神の如く優しいS師ですが、カルトの将来ということで示してくれました。
意地悪でも厳しいのでも無い。
ただ、示されたのです。

<ある不妊>(2008年6月22日)


赤ちゃんが欲しいのに出来ない人がいます。
私が昔読んだものによれば前世、子育てで一生を終わり
(もう、子供要らない!)という思いが魂(潜在意識)にやきついてしまったので
今世、子供の居ない人生を選んだ人、というのがいるそうです。

子供が居ない理由、原因は一ツではなく様々だと思いますよ。
子供は居ても居なくても良いと思う。
悪いのは
◆子供が居るのに邪魔をして捨てたり虐待したり殺したりすることや
  そこまで行かないにしても、子供が居るせいで何も出来ないなどと
  悩んだり悔しがったりして心を暗くすること
◆子供が居ないなら清々すれば良いのに、子供が居ないことが悔しく
  悲しく心が歪み暗くなること
です。

居れば居たで悩み(子育て失敗したと思って)居なければ居ないで悩む。
スマナサーラ師もそのようなことを書いています。
どっちにしろ、人間に「苦」は憑きものです。


さて、私が体験したことを書きますね。
今から数年前に、子供の居ない人と会いました。
ネットの知り合いだったので初めて会ってみたら、
その人は私と会う前に、ネットの知り合い男性とその師匠という人と
ホテルで会っていた。

師匠というヒトは、私が或る意見を書いて送ったら感情的になり、
この女性と男性に私への批判を前日から吹き込んでいたようです。
そうとは知らない私は喜んでのこのこと会いに行ったのでした。

まさか、この師匠という男性(爺さん)がそこまで低級であるとは
(低級霊に憑かれているとは)思わなかったので驚きました。
そしてこの爺さんの言うことを真に受けるほど、この男性女性二人の
思考力が乏しいとは思わなかったので、さらに驚きました。


ところが会って一言も交わさないうちに私は感じていたのです。
この女性のお腹(子宮の辺り)が大変冷たいことを。
触ったわけでは無いので体温が低いのではありません。
何故か「氷のように冷たいお腹」を感じた。
会って一瞬です。
(うわ!)
と、思いました。
(いったい、これはどういうコトだろう!)
言いませんでしたがね。

その女性は何故か当惑したような表情で、え?おかしいな、と思っていたら
「昨日からホテルで一緒に三人で会話して、if の悪口を言っていた」
ことを知る。
私は実は悪口を言われても平気なんです、何も感じない。
だってそれは意見ですからね、何を言おうと自由。

問題は「その悪ぐち、批判の内容が正しいか否か」ですよ。
誤解しただけでもまずいのですが、それだけならまだいいでしょう。
誤解した挙句批判したら本人の魂にとって大変まずいことになる。
なので、この日の後、この女性の誤解を解いてあげようと思いましたが
師匠と言われる爺さんの言うことだけを信じているので受け付けない。


その後、電話で会話するチャンスがありました。
なので前から思っていたことを言いました。
この女性に子供が出来ないわけを。
するとこの女性はさらに怒りを増したようです。
その反応を見て(ああ、だから子供が出来ないのだ)と思いました。

自分がこれから生まれる魂だったら、子宮が冷たく心がこのレベルにある
人の元へ生まれたいとは思わない。
そういう運命の魂もいますよ。
生まれて悲しい育ち方をして早目に死ぬ人生を生きなくてはならないのもいる。
カルマのためですね。

でも、この女性に「子供で苦しむカルマ、子供を早死にさせるカルマが無い」
場合は、子供は生まれない。
顕在意識でいくら子供が欲しいと願っても、潜在意識が要らないと言っているので
生まれない。

また、この女性は子供の居る人を見ると妬ましくてしょうがないらしい。
それも子供が出来ない理由の一つとなっています。
よその子供や赤ちゃんを見るたびに、悲しく悔しく感情的になっていたら
自分には生まれない。

なので子供が欲しいならそこらへんを改善しないとならないのですが、
この説明をしたら当然女性は怒ってしまった。
これが理解出来ないから子供が居ないので理解出来れば子供が居る。
(普通はここまで拗れなくても子供なんかすぐ出来ます)

単純なコトを敢えて複雑にしている。
何がさせるのか?
当人の心(感情)と頭(理屈)がです。

もっと単純になれば良い。
素直になれ、ということですよ。
これが出来ない人が多いようです。
(※子供が居たって素直ではない人が沢山います。
   それはそれで、他のことで素直さを学んでいるのです)
単純なことを(いまいちの機能の)頭で複雑怪奇なものにしている。
なので、それ(素直では無いこと)への罰のように子供が出来ない。
(※本当は罰ではないが、自分が発したマイナスな想念が自分に
  そういうカタチになって返って来ているので、罰のようだ、と言います)

自分で自分の子宮をあそこまで冷たくしておいても自覚が無い。
多分あの冷たさ(霊的に)では受精しても流れてしまうでしょう。
子宮というのは赤ちゃんにとって、暖かくて柔らかい布団のようでないと
ダメなのでは?
でも、子宮には「最後まで生き残る、腐らない」ほど強い生命力があることもたしか。
なので、勝気な人悔しがり屋の人は子宮に異常をきたしますね。

私には霊感は無いんだけど、この時は瞬時に悟ったのでした。


当時、この方はもうすぐ40歳だったので早く子供が欲しかったようです。
でも子供が欲しいなら、一にも二にも自分が素直になり、
自然の法則に従うべきだったと思います。
我が強い人は自然に逆らう。
その結果赤ちゃんは出来ない。
そして自分の心が暗くなって行く。
悪循環ですね。

他のことならいつでも良いが、妊娠は母親の年齢制限があります。
耳に痛いことも聴き入れていたなら今頃幼児を育てて毎日楽しかったことでしょう。


これは不妊の一例です。
不妊の原因は様々なので、全てに当てはまるわけではありません。

<硫化水素自殺>(2008年6月13日)


毒を飲んだり有毒ガスを吸ったりして自殺する人がいます。
硫化水素で自殺する人、増えてますね。
この方法で自殺すると自分だけでなく、周囲の人も死ぬ恐れがある。
なのに、この方法を取る人がいます。
私なりに考えてみました。

昔、マザー・テレサが日本に来ました。
その時
「日本人は他人に無関心です。」と警告しました。
マザーはサヌキ女ですね。
「日本は世界一堕胎が多い」
「日本人は他人に無関心です」と、クレームをつけました。
アワ女なら何も言わず憂えるだけですね。


それはともかく。
日本人は他人に無関心だと私も思いますよ。
村が崩壊したので、ウチはウチ、ヨソはヨソ、となりました。
私は歓迎します。
親戚縁者がそばに居て何だかんだと言ったらうるさいです。

でも、村が崩壊した後、それに代わる人間関係を構築しなくてはならなかった。
しかし日本人はその訓練が出来てないので、崩壊したままになったようです。
新しい人間関係はそれぞれの自立心を基にして作られるのですが
殆どの日本人には自立心が無い。

なので、
@うるさいほど付き合う
というレベルから
A全く付き合わない
というレベルに移行したようです。

本当は中間の
◆自立した者同士がほどほどに付き合う
というのが求められる。

必要があるなら付き合うべきです。

たとえば、どこかの家で子供が親から虐待されているようだ、なのに
それを見て見ぬふりをする、などです。
子供が死んで警察沙汰になり、その時近所の人が何度か通報したのに、
という話もあります。
通報するのは良い人だ、マシな方です。
でも、それでは足りなかったので子供が死にました。
通報してもそれを受ける自動相談所がお役所仕事をしているので事件を防げない。


以前、私が住んでる町の小学生の通学路に自転車が置いてありました。
放置されて半年以上経つのに誰も片づけない。
粗大ゴミと化していた。
荒れた風景を作っていました。
私はこれを放置するということは小学生の心に決して良い影響を与えない、
と判断して、自宅に持ち帰り、警察に届けました。
面倒臭かったです。
でも、小学生に悪い影響を与えることを思えばしょうがないです。
私はこの時「他人のことには無関心な人たち」の存在を実感しました。
自分に関わりの無いことは一切介入しない人が、普通なのだな、と。


さて。
硫化水素自殺です。
この方法で自殺すると否応なく周囲の人達を巻き込みます。
ここに死ぬほど苦しんでいる人がいる。
でも、世の多くの人たちはそういうひとがいようといなかろうと無関心です。
知らないで生きている。

でも、近所の人がこの方法で自殺したら・・・
半径数百メートルの住民が避難せざるを得ない。
関係無かった自分に害が及ぶ。
そこで初めて
他人ごとではなくなる。
嫌でも「知る」ことになる。
そういうことが無ければ、周囲の人は他人に関心を持たないでしょう。
だから、それが起こる。

運命とは「それを分かる方向に進む」のです。

警察から「ここは危ないから避難するよう」言われて避難する住民。
(バッカ野郎、人騒がせな死に方しやがって)と思うか
(ああ、可哀想に。全く知らなかった。
 もしそういう人がいたら、今度からは力づけてあげたい)と思うかこれが分かれ道です。

人間の意識は常に変動しています。
一瞬で魂が存在している次元を選んでいるのです。

マザーの警告を真摯に受け止めていれば、日本は変わっていただろうが
聖人が一言言ったくらいで人は変わりません。
自分がヒドい目に遭って初めて考える人が殆どです。
そして、そのうちの殆どはヒドい目に遭ってもなお、分からないのです。

<心臓の異常1=他人のペースにイライラ>(2008年5月25日)


これは心臓に疾患が無いケースの話です。

心臓はペースメーカーですね。
バンドならドラムス、行進の時の小太鼓です。
本人の動きのペースを作る、司る器官であると言えます。

さて。
世の中には
「他人が自分のペースで動かないとイラつく人」がいます。
短気な人であると言える。
見掛けでは分からなくても短気なんですよ。
他人がその人のペースで動いているのを見るとモタモタタラタラしているようで
イライラする人です。

自分は軍隊の行進のテンポで動いている。
で、相手は優雅にワルツを踊っているわけです。
それを見て、貴様はナンだ、そののろさは!なっとらん!みたいな。
勝手にペースを設定し、従わないモノを心で罰する。
(ペースの話に限らず、心で罰する人が多いです)


うちの主人がそれです。
主人はペースだけでなく、やり方も全て自分の思い通りにならないとイラつくようです。
何故、そうなったのか?
主人の父親がそうだったからです。
主人は自分の父親がやっていた通りを再現しているのです。
なので主人の意識としては「オレは何も悪くない」のです。
だって、父親がやっていた通りをやっているだけだ、何でオレが悪いんだ?
と、こういう考え、勿論意識はしていません。
言語化する以前の段階なのです。


こういう「自分勝手な男」と結婚した私とか、主人の弟の奥さんが
自分のダンナのペースで動く人(アワ女)なら問題は無かった。
ああ、それなのに嫁は二人とも「典型的なサヌキ女」だったのです。
私も義妹のH子さんも旦那が自分勝手をやると列火の如く怒る。
(私とH子さんは同じ年です)
(この年生まれは激しいかも)

なので、この兄弟はこの事態が飲み込めずイライラが募るばかりです。
自分はちっとも悪くない「普通」なのに、何で嫁が鬼の形相するのかさっぱり分からない。
で、また吠えてはさらに嫁から痛い目に遭う・・・・と。
で、「まだ分からないか」と言って今度は主人達兄弟の母親が「育児の責任を追及される」
始末・・・そう、嫁から。
そうなっちゃうと旦那達兄弟としては格好悪くて困るわけですよ。
それに母親を嘆かせるのは親不孝だし。
自分が我ままを発揮すると親が嫁たちに説教(責任追及)されるので困る。
なので、これを何度か繰り返したら兄弟もだんだんおとなしくなって来ました。


さて、これは主人がおとなしくなる前の話。
主人は今から10年近く前に会社で倒れてしまいました。
心臓が急に痛くなったのです。
(きっと社員の働きぶりが我慢ならなかったのでしょう)
社員が救急車を呼んでくれましたが、救急車が着く頃には発作(?)は収まっていました。
でも、せっかく用意したんだから、と担架に乗せられて病院へ運ばれたそうです。
恥ずかしかったそうです。

で、いくら検査をしてもどこにも異常は無いのです。
異常なのは
「他人を自分のペースで動かそうとする、その我の強さ」ですよ。
でも、これっていくら医学の検査をしても分かりませんね。
医学で「我」は測れない。
その後、主人は一度も「発作」を起こしていません。
文字通り「心因性」のビョーキですわね。

<心臓の異常2=他人のペースにイライラ>


とても真面目で上品で働きものの叔母さんの話です。

この叔母はとにかくやることが徹底している。
正確に正確を期して完璧にやらないと気が済まない。
で、子供のこともそのように育てようとしました。
でも、舅姑がいるし旦那は何事も適当だし、
叔母は旦那には頭が上がらないようなので、良かったです。


で、この叔母は子供が大学生になり家から出て行ったら
心臓の発作を起こすようになった。
いきなり心臓が痛み出し、怖いのと痛いのとで布団を敷いて
横たわるんだそうです。
心臓の鼓動も不規則で早くなったり遅くなったり。
しばらく痛みが続くと最後の方は心臓がきゅーーーっとなって
心臓が止まるんじゃないかと、モノ凄く怖いんだそうです。

で、医師に診てもらうと
「どこにも異常無し」と言われる。
納得の行かない叔母。
こういうひとは何か病名がついた方が安心するんですよ。
低次のサヌキですからね。
具体的なことしか分からないからです。
見えない世界(心や精神)のことは感受出来ないんです。

で、病名はつかないし納得はいかない。
で、何度も発作を起こすわけです。

叔母は心療内科へ行けば良かったと思いますね。
「原因はあなたの我ままです。」と言われれば良かったのにな。
どこも悪くないのに心臓が痛み、鼓動が乱れ、止まりそうになるのは
「他人が自分のペースで動かないことにイライラして腹を立てている」
からです。


そして「発作」の時は自分は横になっているので動けない。
ということは、自分が自分のペースで動けないってことです。
つまり、自分だって自分のペースで、ほら、動けないじゃん?と、
身体が自分に言い聴かせているのです。

叔母が何を悟ったのか悟らなかったのかは知らないが、
発作のことを言わなくなったので何かを悟ったのかな?
他人のことを自分のペースで動かない、働かないと怒っていたが
自分が動けなくなって少しは謙虚になったのかもしれません。

<下痢=モノにならない>(2008年5月18日)


先日テレビで「腸と脳は直結しています」と言ってました。
そういう考えはトンデモ系かなと思ったら違ったようです。

たしかに極度に心配したり不安になると腸の働きが悪くなり下痢したりしますね。
下痢は「やってもモノにならない」という意味があるそうです。
入学試験になると下痢をしてしまうヒトがいます。
腹(気)が弱いのでしょうね。



親戚に、頭は良いし普段の成績は良いのに高校入試の日に
下痢をして、第一志望校に落ちてしまった子がいます。
親は残念がっていました。
周囲の人も「下痢さえしなければねぇ。」と慰めていました。
勉強してもモノにならなった事例ですね。

ところがそれを聞いたウチのサヌキ主人は
「試験当日に下痢するなんてのも実力のうちだ。
落ちるべくして落ちたのだ。」と、大変冷たい。
血が繋がった子に対して容赦ない言葉。
「大事な時に下痢をするってこと自体、、ダメ人間なのだ。
これから先も一生そうやって肝心な時に失敗するんだ。」

ヒド!

でも言えてるかな。

母親はこの子を過保護に口うるさく育てました。
性格が細かいので細部まで目がいき、細かく世話をしたのでしょう。
しかし母親にその自覚はありません。
それが普通だと無意識に思っています。

私も細かい部分には目が行き分かりますが放っておきます。
自力で気づく可能性もあるし。

大きな部分、見過ごせないことに対してはドカン!と指摘しますが、
細かいことを言ってるとキリが無いので本人の自由にさせています。
細かいことをいちいち指摘していると、子供が自分で考えない人間になってしまう。
なるべく沢山の失敗を体験させて少しづつ知恵をつけていかないとね。
知恵や体験無しにいきなり社会に抛りこんだらそっちの方が気の毒です。
その前に私はいちいち細かいことを言うのが面倒、ってのもあります。
私は性格が大ざっぱなのでこの点では物臭で良かったと思います。
(他の点では大ざっぱが災いしています)



この子の母親は細かい部分には目が行くので、いちいち言語化して指摘していた(る)ようです。
どうしても指摘する必要があるならしょうがない。
でも、どうでも良いことや必要のないこと指摘すること自体間違っていることまで言語化して指摘します。
これは間違いです。

母親が子供本人に思考させないので本人は思考力が育たない。
いくら頭が良くても、です。
頭の素質の良さと思考力とは同じではありません。
世の中には大変頭の良い、思考力に乏しい人が沢山います。

思考力が無いと困難が来た時、頭で対処出来ません。
頭で対処出来ないので腹が決まりません。
その結果が下痢ですね。
やってもモノになりません。
極度に緊張するから下痢になると思いますが、
では何故極度に緊張するかと言えば、頭で対処出来ないのでそれが腹(腸)に来ているんですね。
頭の緊張→腸の緊張→下痢。



この頭の良い、親戚の子は下痢になれば入試に落ちても言いわけが立つので
そこらへんも(無意識に)下痢になる要因となっています。
「下痢しちゃったから落ちた。」
「下痢しなければ受かった。」
「だから落ちたのはしょうがない。」
「オレのせいじゃない、だって下痢だったんだから。」
みたいな。
本人が言わなくても落ちた後の母親の言い分が上の通りだったので
ここらへんもこの子は無意識か意識か分からないが予想出来たでしょう。

私が世の母親を見ていて感じることがあります。
◇くちうるさい
◇細かい
◇過保護
◇子供に考えさせない
◇子供の考えを尊重しない
◇子供の意見より自分の意見を優先(私はOK、アンタはダメ)・・・これを他人に対してもやる人がいます。
◇相手が子供だと思う存分「我」を発揮、舅姑旦那や親戚には何も言えず我慢
◇心配する、心配ばかりしている
◇真面目で小心、汲々としている
◇どうでも良いことに真剣になり、肝心なことは思ってもみない(感受出来ない)

以上を総合して母親(女)は「小さい」と感じます。
実に小さい。
こんな母親に育てられた子供は可哀想です。
子供が、小さい母親と同じかそれ以下のスケールなら問題は無いが
スケールにおいて母親を超えていたら苦しくてしょうがないと思う。
気の毒です。
(我が家では倅に「オメーは小せえ野郎だな」と言ってましたが、こういうのも違う意味で気の毒ですかね)



登校拒否を始め様々な子供の問題は母親が原因です。
母親は自力でそれに気づかないし、他人から指摘されても理解しません。
母親が自分が原因である、ということを理解しようとするだけで
(心の姿勢を理解したいモードにすること)事態は好転するのに殆どの場合、しませんね。
本当に女は「我」が強いです。
これなら男の方がずっとマシです。

子供は分からずやの母親のために我身を犠牲にしているのです。
「女のメグリ怖いのぞ」とは日月神の言葉。

下痢の話からだいぶ横道に逸れてしまいました。

<マムシ>(2008年5月1日)


「生長の家」の本で読みました。

ある意地の悪いお婆さんが室(むろ)=農家にある、地中に作った部屋
の中に入って作業していました。
ちょうど指が入るくらいの穴があり、そこに人差し指を突っ込んだら、
ちょうどそこにマムシが居て、お婆さんはマムシに指を咬まれてしまいました。


「生長の家」の解説でも
「同波長」ということを書いてます。
このお婆さんの
意地の悪い、攻撃的な、毒の有る性格がマムシと同等だったのです。

マムシの性格は本当はそうなのでは無いと思いますよ。
彼らは本能で動いているだけなので、性格が悪いということは無いと思います。
でも、それを擬人化した場合、上のような性格に見える。
一般的に「マムシのような性格」とはこのお婆さんのような性格であると、
言われていて、「マムシの○○」というあだ名もあります。
(しつこくてタチが悪い、というような意味です)

本当の性格とは別に、世間一般の常識がマムシのイメージを作ったのだと思う。
でも、それが人類の集合意識となれば、効力を発揮するのでしょう。
(殆どのことはコレだと思います。カラス=不吉、とかね。)

ここまでハッキリと同波長というのが凄い。

<柱と鼻>(2008年4月8日)


柱と鼻の話は別々に起こりましたが、この二つには関連があったようです。
Tさん(男性)からの報告です。
Tさんは人格者だと思ったんだけどな〜、意外な一面を見た気がします。



一昨日、コインパーキングで車をぶつけました。
車を出すときにバックしていて、
後ろに小さな柱があるのに気付かず、
「ゴン!」という音に「ありゃ?」
幸いバンパーが少し傷ついた程度で済みました。
 
昨日、家の階段で転んで、階段の角でをぶつけ、
鼻血が大量に出ました。
その時は鼻の骨が折れたのではないかと思ったのですが、
後で見てみると鼻の真下を切っていて、
骨はどこも大丈夫のようです。
ほんの少しぶつけどころが悪かったら、
鼻か歯が折れたり、目が潰れたりしてたのでしょう。
本当、よくこれで済んだなあ…と思います。
 
ひええ、危ない!
本当に目や口でなくて良かった。
不幸中の幸いとはこのことです。

最近職場でムカツクことが続いて、
周囲の係長連中に対してイライラし、
もともと面白くない自分の課の宴会なので、
先週の歓迎会を欠席しました。
普段は周囲に対して攻撃的になることはなく、
自分でも珍しいな、とは感じていました。
結果的には歓迎会を欠席したことにより、
課長と幹事さんの気分を害したようです。
 
課長=小さな柱
周囲にムカツク=鼻の怪我
 
ということだったのでしょう。
はあ〜〜、反省……

課長さんが「小さな柱」になっているのが可笑しいです。
社長が大きな柱なら課長は小さな柱、なるほど。
周囲にムカつくというのは、やはり自分の
鼻を高くしている、
ということですもんね。
そのムカつきが溜まってしまい、現象化しましたかね。
痛い「学習」でしたねぇ。


このように日常の何でもないことからもさまざまなことに気づけます。
気付く能力があれば。
痛い思いをして思い知るのが人間。
何も起こらないうちに分かる人は滅多にいませんね。
スマナサーラ師のような人物は例外でしょうね。

<子宮の病気の原因はさまざま>(2008年4月7日)


まず、子宮筋腫の原因について。
調息センター(リンク1)の記事から、簡単に書き抜いてみました。
詳しくは調息センターをご覧ください。

@性格が勝ち気で短気。
  そのためつま先に力が入り、その力が子宮に伝わります。
  子宮粘膜が傷つきやすくなります。
  この状態が長く続いたのが子宮筋腫です。
  
A子宮に力を入れて生きています。
  女性の自然に反して、生殖器に力を入れています。
  男性的な生き方をしなければならない状態、
  ご主人が頼りないとか、仕事で人一倍働かなければならないことです。
  
B目の疲れ。生理中のスポーツ。更年期の過ごし方などに原因がある。
C糖体質。
D性生活の問題。ホルモン・バランスが悪い。



私は意外なことに勝ち気ではないので、子宮筋腫は無いようです。
はい、私は他人と争う心が意外と少ない。
でも、目を酷使しているので、ひょっとしたら子宮筋腫かもしれないけど・・・

大昔、私がまだ高校生だった頃、親戚の叔母さんが子宮筋腫の
手術をした、と聞きました。
その叔母さんは
凄い悔しがり屋でした。
自分の弟の奥さんを凄く憎んでいました。
弟の奥さんというヒトはとても良い人でした。
何故、その叔母さんが、その人を憎んでいたのか分かりませんが
納得のいく理由は無いと思います。
私もこの叔母さんには勝手に誤解されていたからです。
弟の奥さんだけでなく、周囲の人、親戚(外部から来た嫁など)を
尊重せず、嫌ったり憎んでいた方が多かったのではないか。
その叔母さんは物事を正しく見ることが出来ず、
誤解しまくって生きていました。
今でも生きていますがw
この叔母さんは
@の典型ですかね。


まぁ、それはともかく、子宮筋腫の原因は沢山あるんですね。

私が考える子宮の病気の原因を書きましょう。

子宮というのは、最も女性らしい器官です。
なので、女性らしさが具現化したものと考えます。
アワです。
アワは受け入れるという意味ですが、子宮の形も凹であり、
受け入れることに特化した器官であると言えます。
実に女らしい器官であり、女そのものであると言えます。

では、その女そのものの器官が病気になるとはどういうことか?
女性性に問題がある、と私は思いますよ。
女性性が良く出れば良いが、悪く出ると困った事態になります。
世話をうるさいほど焼き、それに対して感謝してくれない、と嘆き
憎み妬みそねみやっかむ。
気が小さい。少しのことで感情がジェット・コースターのように
急上昇&急転直下し、平常心を保つことが困難、とか。

それから人体の中で最も腐りにくいのが子宮なんだそうです。
このことから
「最もしぶとい器官である」と言えます。
最後まで変化しない、自分は変わらない、しぶとさの具現化です。
@に合致しますね。

私の元同僚の高校教師が口を揃えて言うことには
「男の悪くなったのはまだ救いがあるが、女の悪くなったのは救いが無い。」
そうです。
いったん悪い方に変化すると、そこから抜け出るのが男性よりも困難
男性には心(アワ)が少なく、男性のアワは見たとおり行動言動に全て出る。
しかし、女のアワは多くてその上表に出ません。
女はアワが出ないので女に生まれるそうです。
つまり最も見えにくい心が原因で、子宮が病気になると言えます。
アワの具現化したものが子宮ですね。
女は自分のアワ(心)を出さない(出さないから女)なのですが
そのアワの質が上にも書いた通り悪い想念だったら、子宮は病気に
なるでしょう。
女性は男性のようにカラッとしていないのです。
で、
同じ想念を長年に渡って心の奥に隠し持つことになります。
表現しないので他人からは見えず、従って他人から指摘されません。
アワ(潜象)の世界ではちゃんとあるのです。
なので、人体の中で最も隠れた場所が病気になります。
これが子宮の病気です。



非常に厄介な女性性というものを抱えた、女性。
この女性性をなんとかしなくてはなりません。

具体的に言うと・・・

或ることを言わなくてはならない、言いたい。
でも、言えない。
なので、我慢する。
心の奥にしまっておく。
でも、なくなったワケでは無い。

言いたいなら言えば良いのに言わない、言えない。
心は言いたい気持ち、悔しい気持ちでいっぱいになっている。
でも、それを表現できない。
それはアワのタチだから。
それは自分を甘やかしているのだけど、本人は分からない。

心の中の、言いたい気持ち、表現したい気持ちを
カラッと表現して、解放してあげれば良いのだがそれが出来ない。
(※ここらへんのことを倫理研究会では
「さらりと言ってのけよ」
  指導しています。
  私もことあるごとにこの言葉を思い出します)

殆どの事柄について、このようなコトに陥っているが、
本人はそれが普通だと思っているので、改善したいとは思わない。

或る事柄について、言葉として表現して質問してみればいいのに
それが出来ない。
確認もしないで勝手に物事をマイナスに捉え、苦しむ。
言語化すれば誤解が解けるのに、それをしない。
アワのタチが非常にまずい出方をしている。

しかし、本人には「それが普通」だから、改善したいと思わない。



どうでも良いことを隠す人。
アワ=隠れている(潜象)
なので、これもアワのタチの表れですね。
これは実際に居ました。

或る人が年賀状をくれたので、絵を送りました。
で、その人は自分のブログに私の絵を載せていましたが、
誰から来たハガキなのか書いてありませんでした。
if さんから来た〜、と書けばいいのに何故隠すのでしょう?
隠す必要がありません。
絵が恥なら絵そのものを載せなければいいんだし、
私にはワケが分かりません。
別に私は「私の絵を宣伝しろ」と言う気持ちは無いのです。
何故隠す必要が無いのに隠すのだろう?と疑問なのです。
その人は子宮の病気だそうで、このようにどうでも良いことを隠す傾向が
心に有るため、
「臓器の中で最も隠すタチである、子宮が病気になった」
のではないかと、思いました。
この人にとっては普通のこと(絵の出どころを隠すこと)は
私にとっては理解し難いものなのです。
とても良い人なのでそこらへんに気づいて欲しいな、と思いました。

思考の袋小路に入ってしまっているのではないか?
子宮の形が袋であり、行き止まりです。
いやはや、子宮にはさまざまな意味があり、単純でありません。
女性は男性に比べると複雑であると言えます。
それはそのまま子宮という器官が持っている複雑さと対応しています。

◆勝ち気、負けたくない性格
◆間違った女性性、女性性が病んでいる
◆受け入れ能力に問題有り
◆いったん悪くなると良い方に変化するのが困難
◆隠すタチ、表現しない
◆思考の袋小路に陥っている
などです。

これではいったん悪くしたら改善するのが困難ですわ。
病気になるまでに上のようなことを数年〜十数年〜数十年はやっているだから
それを直すのは難しいですね。
心を根本的に変えなくてはならない。
大変です。

また男性と違って女性のタチは表現しないことにあるので、
表現しないので、何が問題なのか分かりづらく、さらに解決を
困難にしています。
大変です。

<電柱に衝突=ボスとトラブル>(2008年3月31日)


潜在(象徴)言語という考え方からすると、
◇電柱=目上の中心人物、柱となる人物
のことです。
高く、立ちはだかっていますからね。
(※高い位置=高い地位)

若い人が運転する車が暴走し、電柱に激突する事故が多いですね。
これは若い人と電柱に象徴される人物とが激しくぶつかりあっているからです。
電柱に象徴される人物とは、
◇家庭内なら親父
◇学校なら校長
◇会社なら社長
ですね。

電柱に衝突して死亡事故まで起こすのは大抵十代の若い人です。
家庭内で親父と衝突しているのでしょう。

今から十年ほど前のことです。
若い教師数人が乗った車が電柱に激突して重症〜死亡する事故が起きました。
これなどは校長と衝突していたのでしょう、心の中で。
気の毒ですが。

<電柱に衝突=ママとトラブルw>(2008年4月2日)


上の記事<電柱に衝突>を読んだLさんから体験談が来ました。
Lさんはお水の花道を行ってた方で、かなりの美人です。


電柱の話を読みました。

私の話に出てくる電柱にぶつかった話も
同じですねっ。。。

この車を買ってから3年後にお店をはじめたのですが
それまで勤めていたお店の経営者は金の亡者でしたw
そして、従業員は働きアリの如く安い賃金で働かされていました。

その中でも、私はマシな方だったかもしれませんが(爆
当時12〜3人居た従業員からの不平不満をよく聞いていました。
とにかく、かなり儲かっているにもかかわらず
従業員にはなるべくお金を払いたくないっちゅうトンでも経営者でしたw

私は上手く立ち回っていたと思います。
多分、信頼もされていたと思います(給料は安かったけどw)
なので、辞めるときはかなりモメて辞めたのですが・・・。

とにかく派手な人で、いつまでも自分が「お嬢様」でいたい人で
従業員のことは僕くらいに思っていたのではないかと思われます。

きっと、上手くやっていても心のどこかで私も不満があったのでしょうねw
それで電柱にぶつかったのではないかと思います。
私の中では、毎日帰っている家の前の電柱にぶつかるなんて
何ともありえない出来事でして・・

そのお店は儲かってはいるのですが、従業員が続かない・・・。
私は5年勤めたのですけど、かなり長かった方だと思います。
私が辞めてから、当時居た従業員は半年以内にほとんどが辞めたようです。
だけど、その経営者は全く態度を改めない・・・。(ってか何で従業員が辞めるかわかってない)
従業員を大事にしないんです。。。

嫌なお客さんや、揉め事があれば全て従業員に任せて前に出ない。
で、楽なお客さんからは離れずに美味しいところだけを持って行く。。。
経営者だから、儲けて何ぼはわかるのですが あまりにも目に余るものがある人で・・


Lさんは表面上はそのママと巧くやっていると思っていた。
でも、
心の中では衝突していた。
それが現象化したんでしょうね。
この世は状況によって心を隠したりしなくてはならないことが大変多いです。
そんな時、思ってる通りママに文句言え、とは私も言いません。
また、ママのやることにいちいち腹を立てるな、ママは変わらないんだから、
と言う気もありません。
本当はこれをやれれば一番いいんですよ。
でも、私だってやれないですよ、そんなの。

なのでこういう場合は、
◇ああ、ママは分からないんだ、と、こっちが分かる。
◇私たちがママを分からせることは不可能だ。
  仕返し(強制的学習)は天(ママの運命、守護霊)がするだろうから、
  私には関係ないな、と思う。
◇そのうちママも気づくだろう、とプラス思考。
◇ここで最善を尽くしつつ、次の職場を探す。
ことでしょうか。

間違っても心と反対の言動、行動を取らないように。
それをすると魂にとってまずいことになります。
Lさんの自損事故はその結果だと思われますが、事故が起きて良かった。
事故はそれまで抱いたLさんの隠れた心が具現化したものなので、
それが現象となって表れてくれて良かったのです。
現われなければさらに罪を重ねたことでしょう。



ここで言う罪とは「勘違い、思い違い」のことです。
これは通常ウッカリに分類されると思われますが、心の法則からいうと違います。
いくら悪気が無くてもこれらのことは心の次元は罪になるのです。
だから、怖い。
日月神も「慢心と取り違え、怖いのぞ」と言ってます。

<ガードレールに衝突=ルール無視>(2008年3月31日)


ガードレールは象徴言語から言うと、社会の規範・ルール・法律などです。
「ここからはみ出してはいけない」という意味が共通しています。
ここからはみ出してはいけないモノに衝突するわけだから、
その人は「社会のルールと衝突している」わけです。
つまり、無意識にルールを無視している。
これは意識して無視するより怖いですね。
本人には「自分が社会のルールを無視して生きている自覚が無いので
自分ではちゃんとやっているつもりなのです、これを無意識無自覚に生きる、
といいます。


私はガードレールで車をこすったことはありません。
いや、ホント。
私って意外とルールは守っているんです。
私が「それを必要と認めた場合に限り」ますが・・・

よくヘタな人が車幅感覚が掴めなくてボディをあちこちこすります。
これなどは己の力量を知らない、己を知らないことが原因ではないかと思います。
未熟者です。
運転も未熟なら人間も未熟ではないかと。
バカにしているのではありませんよ。
ただ事実を言ってるだけです。

こういう場合は自分に甘くしないで、自分に厳しくなる必要がありますね。
ガードレールで車をこすったら「運が悪かった」と思わず
自分を省みた方がいいです。
それをしないと、自分の力量も自分のことも分からず生きることになり、
結果的に本当に「運が悪くなる」でしょう。

<右と左=男性性と女性性>(2008年3月31日)


男性性と女性性が身体を半分づつ担当しているそうです。

男性性が右なのか左なのか、諸説あって分かりません。
誰か分かる方は教えてください。



Kさんが教えてくれました。

男性性と女性性の話が出ていましたが
サイキックな医師、越智先生の本に出てた話によると
右側が男性エネルギー
左側が女性エネルギーで、
怪我や病気が
身体の左右のどちらかに片寄る人は
男性あるいは女性のどちらかのエネルギーに
問題があるそうです。

Kさん、有難う♪

<人指し指の怪我=他人を非難する心>(2008年3月17日)


自分で怪我の分析をした方がいます。
鋭いので掲載します。



if様
 こんにちは。Kです。度々失礼を致します。
 意識レベル怒りについてのお話を読んでいてそういえばとおもうことがありましてメール致します。
 少し前になるんですが、私、一週間位の間に指先ばかり怪我をしました。
 怪我は右手の人差し指、中指に集中してまして、その中でも一番大きいけがは人差し指で、4針縫いました。
 洗い物をしていてガラスのコップが割れているのに気付かずに切りました。
 中指は引き戸に挟んで二箇所きり、うち一箇所はちょっと抉りました。大きいのはこの位で後小さいのを細々と。
 
 一番よく使う場所ですし、けがをよくする場所だと思うんです。
 ただ、この怪我をした時大体腹を立てていて、その相手を裁いていました。他にも今度あんなこと言われたら
 ああ言おうとかこう言ってやろうとか。それはもう感情の赴くままに。相当なレベルの低さだとおもいます。
 特に人差し指なんかは暫くとても不便でした。その時はその時で私の感謝の気持ちが薄いのを戒められたか?
 と思ってたんですが、怒りについての記事を読んでいて気付いたんです。
 ひとを糾弾する時、気持ち的にでも相手に向かって人差し指指さないかな?って。

おお、鋭い!
その解釈でいいと思う。
そうですよ、人を非難する時は「人を指さす」と言います。
人を非難する心が人差し指を怪我させたんですね。


 誰かを裁く、責めるってひどく傲慢ですよね。わたしを尊重しないのは許さない、けど、お前のことは尊重しない
 と言っているのと同じことなんじゃないのかな、と。 自分だけが正しいと思っているってことなんだし・・・。
 獣ですね。ほんとに。感謝の気持ち云々なんてレベルじゃないなと思います。
 自分の中にいるであろう色んな種類の獣に気付いて、意識を立て直せるようになりたいとおもいます。
 最後までお付き合いありがとうございました。

その程度の気持ちなら私だって「しょっちゅう」抱いています。
本当に自戒しないとねぇ・・・

<腹(心)が悪い=腸の病気>(2008年3月3日)


私が以前勤めていた職場に私より一回り年上の女性がいました。
とても明るく快活、いつもニコニコしている。
なのに、物事の捉え方が悪い。
物事を良いか悪いか判別し難い場合は必ず悪い方に受け取っていたようです。

これなんですが。

当時、私は何でこういう受取方をするんだろう?と、不思議でした。
でも、それからさまざまな体験をすることによって悟ったのです。
「殆どの女は物事を良いか悪いか分からない場合は、悪く受け取るものだ」と。
びっくり仰天しましたが、これは真実です。
何でなんでしょうね?
僻み根性ですかね。


この女性は或る日腸を悪くして入院しました。
長期入院でした。
噂では「あの人はもう、元通りの身体にはならないかもしれない。」というものでした。
(へえ)と思う私。

私もこの女性には、全然そんな気は無いのにも関わらず、
私の行動を悪く受け取られて悪口を言われていた、ということを知ってビックリ。
(何で?)と、当時は不思議でした。
まさか、確認もせず、他人の行動を悪いと受け取る人間がこの世に居るなんて
思いもしなかったからです。


私の母が殆どの場合、物事を悪く受け取るような程度の低い下司な
穢れた考え方をしなかったので、私も似てしまったので想像すら出来なかったのでした。
(しかし母は性格は良いが、本当の思考方法は知らないので、当然のことながら
 分からずやの面がありました。
 それは判断力の無さから来るもので、性格が悪いことから来るものではありませんでした。
 性格が悪いというのは、物事をほとんどの場合悪く受け取ることです。
 私はそう定義しています)

この女性は何故腸を悪くしたのか?
それは腹が悪いからです。
腸=はらわた
なのです。


武士の切腹は「これこの通り拙者の腹わたは穢れては御座らぬ」という意味でするそうです。

腸を悪くする人。
腹(心)が悪いと思っていいでしょう。

<因と縁>(2008年2月29日)


因とは自分の中にある原因

自分の身体(潜在意識)や心(思い)に原因がある。
縁とは因が元で出会ってしまう現象のことらしいです。
事故とは
まず因があり、それが縁を呼ぶようですよ。
これは事故の原因を考える際、参考にしてください。

<口が悪い=口の中の異常〜顔が腫れる>
(2008年2月24日)


私のことではありません。
これは友人から聞いた話です。
ホントだってば。



話をしてくれた人は私より年上の女性。
以前勤めていた職場に大変意地の悪い女性パート社員がいたそうです。

で、意地悪さんは販売している製品に一番詳しかったし、
この店に来る前は大手に居たので大きな態度。
実際に接客も巧いので成績も良かったそうです。
しかし、とにかくみんなをバカにしきっていて
品性のかけらもないくらい、威張りくさっていました。
泣かされた人もいるそうです。

御店は意地悪さんの天下で同僚をアゴでこき使ってる。
意地悪さんの苛めのせいで店員が辞めていく。
(しかし上司は何を見ているんでしょうね?
販売成績が良ければいいんでしょうか?)
この話をしてくれた方は商品知識があり、さらに勉強をしたので
意地悪さんに苛められることはありませんでしたが。

久し振りに以前の職場の同僚と会ったら
意地悪さんは虫歯をいじっていたら顔の半分が腫れあがってしまった、という。
その後、当の意地悪さんの顔を見たら目から下が紫色に腫れ、
化け物のようになっていたそうです。

普通じゃない腫れ方でした。
あんなになるんだ〜・・くらいです。

仲間を見下げて、悪態三昧の結果だと思いました。
ひどい腫れ方でしたが、同情の余地なしでした。
彼女のいじめもあって、今月、来月と私の同期2人が辞めるそうです。
仕事は出来るけれど、、どうもうまく行きません。
彼女は頭がいいです。
自覚していじめているのだといっていました。
エレファントマンのような顔のようだといじめられた同僚はいっていましたが
まさにそのとおりで驚きました。

仕返しはする必要が無いことを悟りました。
よい勉強になりました。


そう、し返しはする必要がない。
天が本人に知らしめますからね。



さて、このケースを考えてみましょう。

まず、
口の中の異常です。
これはやはり
「口が悪い」ことを表しています。

次に顔の腫れは、
「世間に顔向け出来ない」ことをしているからです。
この人の潜在意識は自分が世間に顔向け出来ないような人間性であることを
知っているのです。

次に目の下が腫れていることは
「目下の者に意地悪だから」ですね。
「目下の者が顔色が紫色になるような、意地悪をした結果」でしょう。

全て合ってるじゃないですか。



商品知識が無い、大手のやり方を知らない同僚がいたら
優しく教えてあげればよい。
(たまに優しく、或いは普通に教えても血相変える新人はいますが)
◇優しく、或いは普通に教える
◇バカにし、威張りくさる
ここに意識レベルが出ます。

何とも凄い話でした。

(いや〜〜〜お岩さんいはなりたくないです〜)


病気怪我もブーメランのようだと思いました。
戻ってきた結果を見せていただきました。
客商売で、顔が醜く腫れ上がっていたのでは仕事になりません。


本当に。
意地悪さんは自分が自慢している「営業成績一番」も危うくなりました。
思い上がると必ずしっぺ返しが来ます。
この法則からは逃れることが出来ません。

日月神が言ってますが、人間は謙虚な上にも謙虚に生きなくては
ならないそうです。
私たちはほとんど全員、我が強く謙虚では無いそうです。
この言葉を謙虚に受け止めなくてはなりませんね。

<肝臓病=怒りを溜めこむ>(2008年2月20日)


肝臓は物言わぬ臓器だそうです。
悪くなっても症状として出にくい。
気づいた時はかなり症状が悪化しているんだそうです。

肝臓が
物言わぬ臓器なので、それと対応する人間の性質も
「物言わぬ」ことです。
性質と臓器などが対応しているのです。



さて。

どんな人が肝臓病になるかというと、物言わぬ人でしょう。
言わない。
何を言わないのか?
文句、クレーム、自分の気持ち、怒りを言わないのです。
我慢してしまう。

しかし身体はその我慢してしまうヒトの心に対応して肝臓を悪くして
教えてくれます。



今から20年以上前のこと。
当時住んでいた町に自営業の夫婦がいました。
奥さんの方はその地区の女のボス(居るんですよ!)の手下のような人。
良い人なのだろうけど、なんだかな〜でした。
まぁ、人の子分になるっていうその神径が私には分かりかねます。

奥さんは自営業者の妻として仕事をしていました。
私には真似のできないことでいいことですが。

ところが旦那が或る時浮気をしたらしい。
目撃した人が私に教えてくれました。

すると自営業者の奥さんは肝臓病になり、長期入院を余儀なくされました。
気の毒です。
でも多分ご主人に文句を言えなかったのではないかと思うんです。
で、怒りを身体に溜めこんでしまった。

グループの一員になり、グループ外の人の悪口を言うことは出来る。
しかし、ご主人に「浮気をしたな、どうしてくれる!」という類のことは
言えなかったのかな。
ここらへんは分かりません。

御主人は二人でやっていた仕事を一人ですることになりました。
凄く大変になりました。

私はこの奥さんは病気になってご主人に仕返しをしたのではないかと、
思っています。
病気になれば正々堂々と「仕事を休めるから」です。
論理で主張出来ない場合は身体で語るしかないのでは?
そんな気がします。



もうひとつ。
うちの主人の父が肝臓ガンになりました。
口べたなのか昔の人なのか原因は複合しているとは思いますが、
自分の気持ちを語るのが苦手なようでした。

病院に見舞いに行ったらその病室の人は皆、同じ表情をしていたので
驚きました。
多分全員似たような病気ではないかと思うのですが、
(あああああ、面白くねえ!)という表情をしていたのです。

肝臓病になる人は我慢に我慢を重ねて生きてきた、その結果なのです。
自分の怒りを処理できないので、代わりに「毒を消す臓器」である、
肝臓が怒りから生じる毒を処理しているが、余りにも怒りが多過ぎて
処理できなくなり、それが病気となります。

物言わないで怒りを心に何十年も溜めた結果です。
その結果が
(ああああああああああ、面白くねえ!)という表情と
肝臓病だったというわけです。

心の姿勢が大事ですね。



主人のお父さんは良い人でしたが、怒る必要の無い場面でも
怒りをこらえていたようです。
(※これは判断力の無さが招いた結果)
さらに退職した際詐欺師に騙されて大金を取られてしまったことも
原因の一つとしてある。

しかし、詐欺師を怨んでもしょうがない。
それを招いたのはお義父さんだからです。
当時職場で毎日年下の上司に対して怒りをこらえていた。
自分はちゃんとやっているという気があり、それを認めない周囲に
対して怒りを感じていた。

この時、良い職場に恵まれて自分は幸せだ、と分かれば良かった。
しかし、お義父さんにはそれが出来ず、毎日自分だけはマットウで
他の人はダメだと周囲を呪っていたのです。

その波動が詐欺師を呼んだのでしょう。
詐欺師に騙されて
「もう一段下の地獄」(日月神)に、自分を置いたのでした。
お義父さんの怒りはさらに凄まじいものになってしまった。
そして、ガンが見つかったのでした。

私ならああいう、半分御役所で楽な仕事にありつけたらラッキー!って
思いますが、出来ない人には出来ないのです。

やはり
日頃から感謝出来る能力を培うこと、そして何に対しても
感謝することが大事ですね。
無理やり感謝しなくていいんです。
その対象を「これは感謝することだ」と認識すれば良いのです。

出来ない人が多いですね。

ということは肝臓病予備軍が多いってことになりますね。

<脳天直撃=神の拳(こぶし)>(2008年2月10日)


またまた私の話です(泣)。

今から13年ほど前、駐車場でのこと。
自分の車を止め、後ろのドア(上に上げるやつ)を上げ、
荷物を入れようとしていました。
すると・・・

がっつ===ん!!!

ドアがいきなり頭上に落ちてきたのです。

痛って===!!!

ドアが壊れたのでした。
しかし通常、そこは壊れない場所ですよね。

まぁ、私の想念が悪く神が鉄拳を振るわざるを得なかったのだと思います。
子供の頭や手が挟まれなくて良かったと思いました。



当時の私が何を考え、どんな意識状態でいたのか
覚えていませんが、自分の自覚としては悪い想念では無かった。
それが実は盲点なのです。
自分で自分の想念を悪いのだ、と自覚出来る人は殆ど居ない。

で、脳天直撃されるわけですよ。

あなたは大丈夫ですか?

(オマエとは違う?
 あ、そう・・・)

<鼻をぶつける=自尊心>(2008年2月3日)


えええっと、私のコトです(てhっへへh!)

今から7〜8年前のことだと思いますが、当時はしょっちゅう鼻をブツけていました。
どこにブツけるかというと、有り得ないのですがトイレの戸を開閉する際に
扉にブツけるのです。
そんなに高い鼻でもない。
なのにわざわざ鼻をブツけている。
いったいどうやったら鼻をブツけることが出来るのか、そっちの方が不思議です。



鼻というのは顔の中で一番高いので、自尊心を表すらしい。
鼻の高さが自尊心の高さです。

実際に
鼻が高い民族=白人・中東人=自尊心が(異常に)高い
鼻が低い民族=東洋人・世界中のネイティヴな方たち=自尊心が低い

日本人もプライドが高い人はいるが、白人の高さに比べたら可愛いモンだと思います。

また、自分を指す時日本人は鼻を指差します。
これから
鼻=自分=自我
であるとも言えます。

鼻が高い民族(人)=我が強い
鼻が低い民族(人)=我が弱い

とも言えますが、実際には
鼻が大変低い人が大変我が強くプライドが高いケースがある。
これはむしろ
「内面の低いプライドを穴埋めするために、外面的プライドを高くしている」
とも言えるのではないか?と思います。
本当のプライドではない。
間違ったプライドです。
本当にプライドの高い人は、自分を飾ったり金が有ることをひけらかしたり
他人と自分を比較し常に勝ってないと嫌だったり・・・とかはしません。

自分が自分であるだけで、高いプライドを満足させているからです。
(私の母がそうでした。日本人としては異例ですが、白人並に鼻が高かったのです)



また男と女を比べたら男の方が鼻が高いですね。
ウチの子が赤ちゃんの頃の話。
娘達が赤ん坊の頃お風呂に入れて顔をガーゼで拭いてやると
「何も障害物が無い」ので楽に拭けました。
なので赤ん坊というのは「鼻の高さは無い」ものだと思ってました。
ところが息子が生まれて顔を拭くと顔の中央で「ガシ!」と障害物に当たる。
それは鼻でした。
息子達は彫りが深いので顔を拭くのが大変でした。

そうだったのか!
と驚きましたね。

男の方が女より我が強くプライドも高いようです。


鼻の病気と、鼻をブツけることを分けて考えてみましょう。

まず、鼻の病気はこの自尊心に問題有り、ということです。
自尊心は高くて良い。
しかし間違ってはいけないのです。
鼻の病気になる人のことを或る本では「ロクな人間ではない」と書いてます。


次に私の場合は鼻の病気ではなく、鼻をブツけたので
◇出鼻を挫かれる
◇鼻っ柱をヘシ折られる

という意味になるとは思います。
ということは自分自身の問題であるというよりは、周囲と巧く行かないということです。
事実職場などではそうでした。
理解度の差から生じる誤解がありましたね。

私はそこを理解するべきでした。
別に周囲を呪っていたわけではありませんが少しは知恵を使え、という
警告だったと思います。
で、分かればOKなのです。
今は分かったのでトイレに入っても鼻をブツけることはなくなりました。

やはり賢くなる必要がありますね。

<膝が曲がらない=自分を曲げない人>(2008年1月29日)


今から10年ほど前のことです。

私が住んでいる所は形態は農村。
なので、村人達は皆、親戚か幼馴染か知り合いという環境です。
我が家は隣町(当時)から引っ越してきたので「よそモノ」と呼ばれているらしく
殆ど近所付き合いはしていません。
でも、近所で葬式とかがあると手伝ったりしていました。
そういう時、近所の方を観察することになります。



うちの隣のお婆さん。
(隣と言ってもかなりの距離)
何だかな〜の人でした。
何だかな〜としか言いようがありません。

田舎には何だかな〜の爺さんもいますが、婆さんの場合は
やはり男よりも(腐った)心がある分だけ、悪い。
こんなコトならいっそ心(アワ)が無い方が良い、というくらいの方。
いえ、老人に限らず心ある女より心無い男の方がまだマシ、と
いう事例の方が多いのでは?
せっかく女が男より心豊かに生まれついているのに
その心が「妬みそねみやっかみ恨みつらみ怒り心配後悔」などで
一杯になっているとしたら、いっそ心など男並に少ない方が良い。


近所のお婆さんの何だかな〜は、傍から見てもすぐ分かるほどでしたが
或る日葬式があり、皆で飲食した際、
「あたしゃ膝が曲がらないから。」と、座敷で足を投げ出して
座って飲食していました。

それを見た私は
(あ〜〜あ、やっぱりな。
ここまで自分を曲げなければ膝も曲がらないわな
と思ったのです。

別にこのお婆さんをバカにしているわけではありません。
バカにしているのはむしろ相手の方でした。
相手の価値観で測られバカにされるのはしょっちゅうなので
気にもしませんが。

まぁ、私もこの婆さんには
「妖怪婆あ」とあだ名をつけていたので
いいんですけどね。

<脳天直撃=神の罰>(2008年1月26日)


今度は私の話です。
下の”事件”が起こった時、私は主人に対してすんごく冷たい態度を取りました。
何故なら主人は物事が殆どわからない人で、そのために苦労をさせられていた。
さらにその苦労を主人は当然分からず、全く根拠の無いことを妄想し
私にとんでもない言い掛かりをつけていたからです。
このことが起こる数年前です。
なので主人がどのような目に遭っても何も感じない状態になっていました。

怒ってもいないし同情もしない、何も感じません。

その後私は出勤し仕事をしていました。
狭い場所で頭を上げたら
ガッツ===ン!
凄い衝撃を受けた。

ちょうど頭を上げた位置にそこに壁についている何かの装置があり、
それに思いっきり頭をブツけたのです。
死ぬかと思った。

で、思いました。
こりゃ罰(ばち)が当たったな、と。


目から上が「目上」なら、頭のてっぺんは脳天、つまり「天」ですね。
「天罰」です。

天罰覿面とはよく言ったものです。
必ず、罰は当たる・・・実際は私の体験のように「自分で当てている」んですけどね。

このケースと同様、頭の一番上を一撃されるのは天罰と思っていいでしょう。

いくら主人が分からずやでそのために私が苦労をしたとしても
目の上を怪我している主人を見て何も思わない、そこに天罰が下ったのでした。
(いったいどこまで苦労をさせようというのだ、天の奴は)と恨みそうになりましたが
それをするともっと天罰が下りそうなので止めておきました。


また、性格によって罰の出方が違うような気もします。
激しい人は激しく(脳天がっつ==ん!怪我方面)
穏やかな人は穏やかに(脳腫瘍とか病気方面)になるような気がします。

<目の上の怪我=目上とのトラブル>(2008年1月8日)


また主人の話。
ウチの主人はとっても性格は良いのだけど思考力、判断力に乏しい。
あ、勉強はとても出来ます。
頭も良い。知識も教養もある。
しかし、思考力、判断力はそれらとは関係がないんです。


数年前のこと、主人は職場に上司が一人いる。
で、その部署は2〜3人しかいない。
窓際なのだろうか?
で、この上司が仕事が出来ないのだそうです。
上司の仕事を主人は毎回手直ししているんだそうです。
主人はその上司の無能さが気に入らない。

上司の無能さ自体が気に入らないし、上司の仕事の手直しを
自分がやることにも納得が行かないし、
上司がその仕事をきちんとやれるようにならない、向上しないのが気に入らない。
この部署にいた1年か2年の間、毎日毎時間上司の無能ぶりを嫌がっていたのでしょう。
家でもその上司を批判、軽蔑していました。

私はそういう時
「そんなコトを言うもんじゃない。」などとは言いません。
だって、主人はそれを「言いたい」のだから何を言おうと主人の自由です。
言ってはいけない、しかし言うのが問題ではなく、
「そのようなことを考える」ことがまず問題ですよね。
言うのは結果です。
原因は「上司の無能さに腹を立てていること」です。
なのでいくらヒドい言葉でもそれを「言ってはいけない」と言っても無駄なんです。
原因を取り除かないで結果だけ、表面に現れたモノだけを見て
それを「止めろ」と言っても無駄、というか問題はそうではない。

なので私は誰かが愚痴や批判、悪ぐちを言ってたら聞いてますね。
「そういうコトは言ってはいけない」と、紋切形に説教したりはしません。
むしろ「どこがどのように、その人は悪いのか?」と訊きます。
そして相手が思ってることを全て出させますよ。
で、解決策があれば提案したりしますが・・・

でも、うちの家族は本当に他人に悪口を言いませんね。
下宿人のP子が驚いていました。
P子の家族は毎日の会話の殆どが他人の悪口だったようです。
我が家の話題は「エロ・シモ・物騒」で90%を占めます。
これもヒドイが・・・



あ、前置きが長くなってしまいました。
さて、主人は毎日心の中で無能な上司を批判し憎んでいました。
すると或る晩飲み会に行き、店から出ようとしたら出口が大きな
ガラスのドアだったのに酔っ払ってて見えなくてガラス戸に激突しました。

そして目の上を切りました。
ガラスは割れませんでしたが。
目の上を切り凄く腫らしていた主人。
私はそれを見て
(あ〜〜〜あ、「目上」の人をないがしろにした結果だな)と思いました。

或る程度までは愚痴や批判、悪口が出るのは人間ならしょうがない。
しかし、限度を超えるとたちまちこのようなコトに。
毎日限度を越していたものがとうとう現象化したのでしょうね。

目の上の怪我はその言葉通り「目上の人」とのトラブルを表します。
ドンピシャリでした。

<ギックリ腰3=誰かをコントロールしたい気持ち>(2008年1月5日)


ウチの主人も今から10年ほど前、ギックリ腰になりました。
冷蔵庫の野菜室からキャベツを取り出そうとしたら、なりました。
その時義母がそばに居ましたが、主人の第一声。
「痛てててえ!マサの野郎!」でした(暗澹)
あ、マサってのは私のことです。
ギックリ腰になった原因が何故か私にあるようです。
私とキャベツが関係あるのでしょうかね。


下の記事からいえば

◆怒りを感じている・・・当たってますね。第一声が私への非難になってるから。
◆全てをコントロール・・・主人は全てをコントロールしたい人です。
                で、私はコントロールされるのが何より嫌い。
                なので、主人は私を始め子供たちをコントロールしたいのに
                出来ないから怒っているのでしょう。
                何故、主人は家族をコントロールしようとするのか?
                それは主人の父親がそうしていたからです。
                主人は父親のやり方を無意識で見習っているのです。
                なので、他人をコントロールしている自覚がないのです。
                自覚がないので、何故家族がオレの言うことをきかないのか、
                分からないし、腹を立てているのです。
                これは無意識でやっているので、本人が分かるのは相当難しい。
                その「分かり難いこと」を分からせるために、自ら痛い目に遭って
                分からせようとしているんだけど、通常、コレでも分かりませんやね。
                可哀想だけど分かるのはあくまでも本人なので、
                他人は分からせてやることは出来ないのです。
◆頑なな態度・・・オヤジですから頑固ですね。
            性格は最高に良いけど、それとはまた別モノ。
            もっと柔軟になると自分のためにいいのにね。
◆新しいもの対して心を開かない・・・オヤジなので、新しいモノに対して心を開きません。
                        もっと柔軟にならないとね。
◆他の人たちのやり方を受け入れない・・・第一他の人のやり方を見てません。


もし、主人が柔軟な心の持ち主だったら、女房がこんななんだから(わらい)
かなり変容しているはずです。
ところが、無意識に「オレは間違ってない」と思ってる。
間違ってるのは女房の方、と思ってる。
なので常に私や周囲に対して怒りを感じて生きている。
そのひずみというか、心の歪みがこれ以上耐えられないところまで来た、
その時、発症したのでしょう。

とても良い人なのに気の毒です。

<ギックリ腰>(2007年12月29日)


昨日ウチに遊びに来たAさんが最近ギックリ腰になったと言うんです。
今まで数回やってるそうです。
で、kagari∞さんにギックリ腰のことで問い合わせました。

ifさま
 
 
『自分を愛して! 病気と不調があなたに伝える<からだ>からのメッセージ』
リズ・ブルボー著 浅岡夢二訳 ハート出版 \2100円
 
この本は、とても便利です。
帯にも、[スピリチュアル版・家庭の医学]とあるように、様々な病気の原因について、
肉体的なレベル・感情的なレベル・精神的なレベル・スピリチュアルなレベル、
そして結論・というそれぞれのレベルで解決してくれます。
 
上記の本から該当する部分を抜粋して引用します。
 
 
ぎっくり腰について
 
ぎっくり腰になる人は、物質的なあらゆる責任を自分が引き受けられると思えないために、
怒りと罪悪感を同時に感じている、ということです。すべてをコントロールしようとせず、
こだわりを手放せば、多くの問題を避けることができたはずなのです。
あなたは、頑なな態度をただちに改めなければなりません。
新しいものに対して心を開き、他の人たちのやり方を受け入れて、
彼らに支援してもらうようにする必要があるでしょう。

<ギックリ腰2>(2007年12月29日)


さっそくAさんにkagari∞さんからの情報を教えました。


ifさんへ

こんばんは、Aです!
携帯からメールしています。

ぎっくり腰の原因、kagari∞さんに訊ねていただいたんですね。
送っていただいたコメントを拝見してドキッとしました。
特に、

「すべてをコントロールしようとせず、こだわりを手放せば、
多くの問題を避けることができたはず。」

という部分です。

ぎっくり腰を起こしたのは14日の朝です。
その日は、技術職の責任者として、道路工事により移転することになっている
××へ補償交渉行く予定になっていました。
この業務については、私のこだわりというか、自負というか、
「この様に取り組むべきだ」という様な思いを強く抱いていました。
4月以降、補償交渉を直接担当する事務職の人たちにも、そのことをお願いしてきたのです。
でも、思うように理解してもらえず、ずっと不満と苛立ちを抱いていました。
以前、その事務職のリーダーに苦言を呈したこともありました。
私としては、その日の補償交渉が一つの大きな節目になると考えていたので、
前日から気合いを入れていたのです。
そして、その当日の朝にぎっくり腰です。
もちろん、痛みを我慢して行ってきましたが…。


kagari∞さんのコメントには、「頑なな態度をただちに改めなければなりません。
新しいものに対して心を開き、他の人たちのやり方を受け入れて、
彼らに支援してもらうようにする必要があるでしょう。」
とも記されていました。
まさにその通りだったのです。驚きました!

日頃は、人間関係なども含めて、いろいろ調整しながら仕事を進めているつもりなのですが。
業務に対する思い入れが強過ぎたのかも知れません。(我も強いんですよね…)

実はそうなんです。
「我」というと通常「我がまま」「自分勝手」「ゴり押し」などを連想しますが、
それだけではありません。
「〜〜をしよう」「〜〜をしたい」「〜〜なんか分かってやるもんか」「〜〜して欲しい」
ってのも入るんですよ。
ここが盲点です。
まさか、自分が「我」を発揮しているなんて思わない、それが問題です。
一生懸命良かれと思って「我」を発揮している。
その際(ああ、オレって我が強いよな)と自覚すればよし。
出来ない場合は身体が(おいおい・・・オマエ、いや俺か。さっきから『我』を発揮してるぜ)と
教えてくれる。
身体の声を聞きましょう。
なかなか難しいけれど。


結果として、事務職の人達をコントロールしようとする意識が強く出たのだと思うのです。
腹筋が緩んだという肉体的な原因もあると思うのですが、
とても貴重なことを勉強させてもらいました。
日月の神も仰有っていますものね。これからに活かしていきたいと思います。

日月の神があれだけコト細かに説明してくれていても、それだけでは分からない。
他の勉強も必要です。
真剣に生きないと時間が足りなくなる。


それから、kagari∞さんが紹介していた本も、さっそく購入してみます。

それでは、おやすみなさ〜い!