Sさんの場合

<思いやり>(2005年7月22日)

人は例外はあるでしょうが、皆「思いやり」を持っています。
余計なお世話をする人も「思いやり」の心でしています。
子育てに限っていえばこんなコトがありました。

小学校3年生のH子ちゃん。
食事中に母親のSさんが「コレも食べなさい」と言って、H子ちゃんのご飯にふりかけをかけた。
途端にH子ちゃんは怒って泣き出した。
Sさんはそれを見て(はっ!)と、気づいた。

Sさんは大変自己中な母親に育てられたので、子供の頃から大変苦労をしたそうです。
高校時代はとうとう、グレてしまいました。
自分の母親がやったことが嫌で嫌でしょうがないのに、
自分が母親と同じことをしていることに、気づいたのです。

というより、そこへ行くまでに自分の心を省みることが出来るようにはなっていました。
それで、何度も何度も私と話をし、わかり難いことをわかる・・・という、とっても大変な
訓練をしていたのです。
だから、娘のH子ちゃんがふりかけをかけられてとっても怒った。。。
その理由が「わかった」のです。
普通はわかりませんね。
(なんて強情な子だろう!)
(素直じゃない!)
と、なります。
間違っても自分が悪いとは思いません。

何故なら、自分は「意地悪をしたのではなく、『思いやり』でしたから」です。
自分の意識としては、あくまでも「思いやり」なのです。
だから、それが悪いと言われれば言った人を憎みますね。
相手が子供でもそうです。

Sさんは、自分が母親にされたことを無意識に行い、
自分の娘に「NO!」と、言われて(態度をされたということ)初めて
(ああ!コレだったんだぁ!)と、わかりました。

○自分が常に母親にそういうことをされていたこと。
○それがとっても嫌だったこと。
○でも、逆らえなかったこと。
○それはいくら訴えても、母親がわかってくれなかったこと。
○それで「NO!」が言えなくなっていたこと。
○とっても不満だったこと。
○だから成長してからはグレたこと。
○なのに、自分が母と同じことを無意識にしていること。
○また、同じ母子関係を繰り返そうとしていること。
○このままで行ったら、大変なことになること。
などです。

娘の一言で悟れるようになるまでに、3年くらい、かかっています。
私はSさんの子育てが大変、まずいので3年前に文句を言っていたのでした。
それから私が気がついた時や、Sさんから相談された時には意見を言ってました。
例えば・・・
「思いやりって、誰でも持っているんだよ。
ただ、そのレベルが問題。
誰でも自分のレベルを超えた思いやりは発揮できない。
だから、余計なお世話になったりする。
それではいけない。
自分の思いやりが本当に思いやりかどうか、わかるほどの思考力を持ちなさい。」とか。

そうして少しづつわかって来ていたのです。
でも、わかるまでには数年かかるということですね。

私に指摘されて嫌いやながら、わからないんだけど、わからなければ困るから・・・
という態度でしたね。
だから、それが悪いよと、指摘されないで自分の何が悪かったのか、
自力でわかるまでに3年かかった・・・という話。

普段何も考えないでいたら、こういう風には悟れません。
コレが出来るようになった友人がこの人を含めて3人、います。
私は別に先生じゃないけど、いち早く相似象をやっただけです。
出発が早かっただけ。

ただ、早く始めてもまだ、わからない人がいます。
「後の者が先になる」とは、このことです。



<うそつき>(2005年7月23日)

Sさんは二人姉妹の妹。
Sさんの母親は自己中で子供をコントロールする母です。
お婆さんになってもまだ、わが子や孫をコントロールしようとしています。
ご主人には頭が上がらないようですが。。。

Sさんは小さい頃からこの自己中母には苦しめられてきました。
Sさんは私と出会った、9年前は会うと必ず、母親の愚痴を言っていたのです。
「 if さん、私、子供の頃、ウソつきで、人を苛めてた。」
「へ?」
子供がつくウソは自分の身を守るためと、ストレスからですね。
Sさんは母親に受け入れてもらえない鬱憤をウソと苛めに転換して
自分を守っていたんでしょう。

大人になったSさんは大変、正直な心の真っ直ぐな人です。
途中グレたりしたけれど、自分でマトモになろうと努力したみたいです。
今、Sさんを見ても誰も昔グレていたとか、苛めっ子だったとか、
思えません。


<二人姉妹>(2005年7月25日)

Sさんと初めて会った時、Sさんの上の娘が4歳で下の娘が3歳だったと思います。
我が家の末っ子と上の子が同級生だったので知り合いました。

Sさんに育てられた子を見てたらちょっとおかしいな・・・と思いました。
1歳違いなのに、下の子が威張り上の子が小さくなっていて、
いつも悔しそうにしていて、表情が大変暗いのです。

ところがSさんはそれに気づかないようなのです。

上の子はどんどん萎縮し、下の子はどんどん野放図になっているのに、
親に見る目がなければそれが「見えません」。
見えない時は他人の子育てを参考にすれば良いのに
「人の振り見て我が振りを治せ」る人はあまりいません。

それは殆どの人には「思いも寄らないこと」だからです。

私は目に余って注意しました。
普段はこういうお節介はしないで、その後を観察することにしているのですが
Sさんは私の高校の後輩だったから、わかってもらえるかな?と、思ったのでした。

私「Sさん、あんたの子育てじゃダメだよ。何だい、アレは。」
S「え?・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
私「上の子と下の子と、序列をつけなさい。上の子は萎縮してて表情が暗いの、気づかない?」
S「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
私「下の子はどんどん増長して野放図になってるよ。わからないの?」
S「前に姉と、友達に言われたことがある。でも、あんたに言われたくないよ、と、思った。
  でも、同じことを三人に言われたのには、わけがあると思う。
  考えてみるよ。」

Sさんは自分自身が二人姉妹の妹の方なので、「姉と同等」に子育てをしたかったのだと思います。
意識的か、無意識かはわかりませんが。
それからSさんは嫌でも子育てを考えるようになりました。
毎日毎日、「わかり難いこと」をわからなくては・・・と努力しました。
凄く嫌だったとは思います。
私にもいろいろと注意されていたし。
でも、子供のためにもやらなくては。

そうした時に最初に書いたことが起こったのです。
「一人でご飯を食べている上の娘に良かれと思って、断りもなしに、
ふりかけをかけるという余計なお世話をしたこと」です。
それまでいくら考えてもわからなかったSさんでしたが、これでハッキリと
「自分の子育てが間違っていたんだ」と、わかり、子供に申し訳なくて泣いてしまったそうです。
「わからずやのダメなお母ちゃんでゴメンね。」と泣いたら
子供が
「お母ちゃん泣かないで。」と、慰めてくれたそうです。

それからしばらくして、私がSさんの子供の顔を見たら見違えるように明るくなっていました。
我がままを押さえつけられるようになった妹の方も良い表情になっていました。

Sさんはそれから他人のまずい子育てもはっきりわかるようになったそうです。
そして(言ってあげようかな?)と、思うそうです。


<Sさんのお母さん>(2005年7月27日)

Sさんは出会った当時は会えば必ず母親の愚痴を言ってました。
Sさんのお母さんは学校に勤めていたそうです。
職種は知りません。
それでお母さんは自分の娘に教師になって欲しかったらしいです。

Sさんは進学校にいたので、教師になるのは簡単に思えたのでしょう。
しかし、娘の気持ちを考えてないですね。
Sさんは美術系の大学へ行きました。
お母さんはそのことを喜びました。
きっと(これで、教師になれる)と思ったんでしょう。

Sさんはある学校に美術科教師として赴任しました。
お母さんは鼻高々。
ところが、Sさんが結婚相手に選んだのは「高卒の職人」でした。
猛反対するお母さん。

お母さんは自分の頭の中で、勝手にSさんの人生を計画していたようです。
きっと学校に就職して、自分が一番いいと思ってる職業である、
教師と結婚して欲しかったんでしょうね。
ところが、娘が選んだのは高卒・・・しかも、偏差値低い、名も知らない高校。
それで、職人。
お母さんの「夢」はブチ壊されました。

Sさんとしては母親が自分に教師になって欲しいなら・・・と、教師になったのに。
しかし、お母さんの我がままとコントロールと自己中はとどまるところを知りませんでした。
ひとつ言うことをきけばさらにもうひとつ・・・永久に満足しません。
(※これはお母さん自身が自分に満足していないことの表れだし、
   その前に思考力がありません)

この年代の人は多かれ少なかれ、子供の進路や結婚に対して自分の我を通そうとします。
多いか少ないか、激しいか弱いかは性格によりますが。
なので子供は苦労します。

それはその人が育った時代がそうだったからです。
なので、本人は何の疑問も抱かないのです。
娘のこうした行動は親に対する反逆としか思えません。
こういう間違った心でいると、不幸になります。
しかし、本人にはそれが「わからない」のです。
何故なら本人にとっては「親の言うことをいくのが当たり前」だからで、
間違っても「それが正しいのか、違うのか」なんて考えないからです。

この年代とそれより上の人達(戦前生まれ〜昭和一桁以降)の人にはこうした
ところがあり、かなり、自分を不幸にしています。
それに気づくことは稀で、他人から指摘されても、その言葉の「意味」がわからないのです。
この年代で、「子供は自分の好きな学校・職業・配偶者を決めるのだ」と、
わかっている人は滅多にいません。
いたらその人も、家族も幸せです。

ちなみに私の親も、Sさんのお母さんと同じく、何もわかりませんでした。
ちなみに私とSさんのご主人は仲良しです。
私は職人とはとても気が合うので・・・。


<NOと言えない人>(2005年7月29日)

Sさんはとっても美人で可愛い系。
スポーツ万能。
美術の才能あり。
勉強は出来る方。
性格はいいし、非の打ちどころがないという人・・・ですが。

ただ一つ出来ないことがある。
それは「NOと言うこと。」です。

Sさんはヒステリーなお母さんに育てられたのでNOが言えなくなってました。

私はSさんとの付き合いで、それに気づいたのでナントカして「NO!」と
言わせようと試みます。
方法は・・・絶対「YES」と答えられない問題を突きつけます。
あははh!
意地悪ではなくてね。
Sさんに
「NOと言っていいんだよ。NOと言っても怖くないよ。
誰もあんたをNOと言ったくらいで嫌いにならないよ。」
ってことを体感したもらいたかったのです。
この台詞は言いませんよ。
これは「模範回答」だから、生徒が解くまでは先生は黙っているでしょう?

別に私が先生気取りではないけど、
年齢が9歳上で子供もウチの末っ子とSさんの上の子が同級生なら
キャリアが違うもの。

ところが・・・Sさん、なかなか「NO!」と言いません。

NOと言う代わりにああでもない、こうでもない、なんたらかんたら
と、理屈を並べるのです。
それはあたかも
(ホラ、アタシはこうして「NO!」ってことを匂わせているでしょ。
早く察してよね。
まだ、わからないかなぁ。
鈍いわね、if さんって)

てな感じかしらね?

私はそんなことは百も承知なんですよ。
私は彼女の口から「NO!」と、言わせたいだけなんですよ。
そしてSさんが自分から「NO」と言わない限り、彼女の傷ついた心は癒されないんですよ。
他人から答えを教わったら、それは「知恵」ではありません。
ただの「知識」になってしまうんです。
だから、答えを教えてはいけないのです。

Sさんは物心ついてから、わからずやで自分に逆らうとヒステリーを起こす母親に
育てられたので、身体に「NO!」と言えないってのが染み付いていて
(※身体に染み付くってのは、潜在意識に入っているってこと。
  こうなるととっても厄介)
理由はないけど、怖いのです。
それを意識化するのは困難だし、意識化できてもその抵抗に負けないくらいの
精神力を持たないと、「NO」が言えないんです。

私が知る限り、彼女がハッキリ「NO」と言ったことはないです。
その後、疎遠になっているので、今はどうかな?
知らないけれど、自分で「自分がNOと言えないってこと」に気づき、
克服しなければ、今度は自分が子育てで失敗するでしょう。


<システム手帳>(2005年8月5日)

昔、文具店で福袋を買ったら、女の子用のシステム手帳が入ってました。
うちの娘には子供っぽいので、Sさんの子にあげようと持って行ったらSさんが驚いて、教えてくれました。

つい最近・・・・・
Sさんが娘達を連れて実家へ行ったら居間に女の子用の、可愛いシステム手帳が置いてあった。
それを見たSさんの子が欲しがったら、お祖母ちゃんが「それはお祖母ちゃんの。」と言って、くれないそうです。
ガッカリするSさんの子。
でも、お祖母ちゃんが使うなら・・・と、諦めて帰宅した。
それからまた、Sさんの実家に行ってみたら、
先日の子供用システム手帳が居間の茶箪笥の上に、そのまま置いてあったそうです。
お祖母ちゃんは別に手帳など使わないんですね。
ただ、自分が欲しいから他人にあげたくないんです。

普通のお祖母ちゃんなら可愛い孫のために、そんなモノは喜んでくれると思うんだけど。
私がSさんに
「変だね。」と言ったら
「いつもそうなんだよ。」ですと。

世の中にはそういうお祖母ちゃんも存在するんですね。
頭が子供ですね。
孫はこのお祖母ちゃんにはガッカリさせられることが多いだろうけど、
Sさんは「それも子供にとっては人生勉強」と言ってます。

母親が物事の捉え方が明るいので子ども達も明るくて良かった。

私はこのように「持って行ったモノが、相手に必要なモノだった」という体験がとっても多い。
今回はこの一件でSさんのお祖母ちゃんがどんな人かがわかって収穫がありました。
これじゃぁ子どもはグレるわ。
Sさんがグレてしまった理由がわかりました。

これでSさんが問題に気づかず母親と同じことをしたら、自分の子も同じことになっていたのです。
でも、途中で私や他の人に注意されて、軌道修正できました。
他人から言われても軌道修正出来ない人が殆どなので、
Sさんは素質が良かった(素直)のでしょう。
なので、Sさんの子は「NO」と言えるし、当然お祖母ちゃんにも「NO」と言うので
お祖母ちゃんの受けは悪いようですが、自分を曲げてまでそんな人に受ける必要がないので
いいことだと思います。

お祖母ちゃんは孫達に逆らわれて気分は悪いでしょうが、それは自分が招いたことだし。
お祖母ちゃんの機嫌が悪いのは自分の性格が原因と、わかれば何でもなくなります。
お祖母ちゃんの機嫌を損ねないように・・・なんて、無駄な努力や気遣いをする必要がなくなり、
心はいつも晴れ晴れとします。
そうでなくてはいけませんね、自分と周囲の人のために。
ひょっとしたらお祖母ちゃんもだんだんわかってくるかもしれないし、
わからなくてもそれはSさんの責任ではないので、Sさんには打つ手はないのです。
Sさんはやるだけのことはしたのだから、あとは運命の神様にお任せするしかないですね。

<毎日電話>(2005年8月12日)

Sさんのお母さんからSさん宅に、毎日のように電話が来るのです。
同じ市内に住んでいるので、頂き物のお菓子を取りに来いとか、
そういう連絡があるのだと思います。

が、連絡だけで済めばいいんだけど、毎回のように「口喧嘩」のようになるそうです。
言い合いですね。

お母さんは大変我が強く、とにかく自分の言うことを相手に全部認めさせないと気が済まない。
Sさんは子供の頃は全部母親の言うとおりにさせられていました。
高校生になると反抗できるようになり、同時にグレていました。
結婚してからは親に対して堂々と意見できるようになりました。

が、母親はそれが気に入りません。
あくまでも自分の我を通そうとして、電話で言い合いになるのです。
Sさんは賢くて論理もきちんとしていますが、
それが通じない相手にいくら説得してもしょうがないですよね?
私は
「それは無駄だから止めれば?」と言いました。

数年前のことです。
今はどうしているんでしょうね?

私が今、わかったのは
「たとえ無駄なことでもSさんはやる必要があったのだ」ということです。
お母さんにNO!と言うこと、自己主張が出来なかったSさんが
「心の底からそれが平気になるため」
「身体がそれを平気になるため」
に、毎日のように母親と言い合いする必要があったんです。

この頃です、私がSさんがNOと言えないことに気づいていたのは。

そういうコトだったんですね。
私の「わかり方」も進歩したようです。


<できちゃった>(2005年8月17日)

Sさんは大変な頑張りや。
ところがご主人のAちゃんは遠いところの人で
Sさんの実家があるここにやって来たのが気にいりません。
それで、職場で親方と喧嘩して、失業。
毎日ダラダラと過ごしています。

何でも「こんなところは大嫌いだ」そうで。
そういう心構えでいたら、会う人は皆「嫌な野郎」ばかりになってしまいました
ますますヘソを曲げるAちゃん。
腕の良い職人なのに、仕事はしないでブラブラしているので私がどうせ暇なら・・・と
仕事を探してきて、やってもらいました。

それでボチボチ働いてもらって、その間Sさんも物事がわかるようになっていきました。

でも、なかなか心というのは急には変わりません。
夫婦喧嘩ばかりしていました。
しかも奥さんの方が大きくて体重もあるのでAちゃんとSさんは互角の勝負。
ってか、Sさんはスポーツ万能なのでAちゃんより強い・・・・かな?
凄まじい喧嘩してたそうです。
殴り合い&蹴りあいの(恐ろしやなぁ)。

それで、しょっちゅう別れるのなんのと聞かされていたので
Sさん宅に行って新聞が新聞受けに溜まっていると「こりゃ一家心中でもしたか!」
と、驚き(どうしよう!第一発見者にだけはなりたくないな。
だって、ケーサツに事情聴取されるのなんて、嫌だモン。
どうにかして逃れる方法はないか?)などと、
どう見ても「自己中・利己主義・個人主義・知らぬ存ぜぬ・あたし?関係ありませんよ」
という、考えが浮かんできます。
さらに「この間あげた可愛いコート、焼かれる前に取り戻したいな!」とか、
具体的且つさもしい考えもどんどん浮かんできます。

こう書くと「オマエのどこがポジティブ・シンキングなんだぁ?」と思われそうね。
私のポジティブ・シンキングは「悪いことは起こらない」ってのはないですね。
悪いことは起こる。
でも、その時にめそめそと悔やむことはしないで、できることを前向きに探す・・・
というモノなんです。
従って心が暗くなることは滅多にありません。
「いったいどうすればいいか?」を考えるので、泣いてる暇などありません。

ところが数日後、何と一家でAちゃんの実家に行ってたということがわかり、
安心しました。
そんなことが何度もあった頃です。
Sさんがうちに来て
「出来ちゃった・・・。」と言うんですよ。
私は
(出来たって何が?出来物でも出来たんだろうか?
 数学の問題でも出来たんだろうか?)と、思っていたら
何と!
赤ちゃんが出来たそうで・・・。
唖然。

心配して損した。
(っつうか、最初からしてないって)


<宗教>(2005年8月22日)


最初に会った頃、庭に石を自分で削って作った小さな置物、
石灯籠の一番上みたいな形のモノを指して
「コレは私が死んだら、魂が入る所」と紹介してくれました。
私は
(ありゃりゃ〜)と思いましたね。
魂は自由なのに、何でこんな狭い所に入らなくちゃならないのかな?

Sさんの知り合いがある宗教に入ってました。
Sさんもその宗教に誘われていました。
その会は小規模で、先生を中心にして仲良くやってるらしかった。
その先生は皆よりも判断力があるので、会員は何でも先生にお伺いを立てていました。

話を聞くとその会員さん達はどうも、判断力はないし、人間性も良くない。
私は一度会員がどんな人たちなのかを、Sさんと見に行ったのです。
たしかに目に見える範囲ではいい暮らしをしていたし、
親切だし、明るかったけれど。。。
実は全員人間関係に関する問題・心の問題を抱えている。
私に言わせれば「普通未満」です。
普通ですら、ないのでした。

私は先生という人には会えなかったので、
先生に手紙を書いてSさんから渡してもらいました。
「あなたが超能力をお持ちなら、今月のナンバーズの当たり番号を教えてくれませんか?」
すると、先生からは「申し訳ありません。私にはそういう能力はありません。」
と、丁寧な返事が来ました。

怒ったのは会員さんたち。
「先生をそんなことに使おうなんて、なんて無礼なんだ!」と、
カンカンになっていたそうです。
私は呪われていたかもしれないなぁ(かっこわらい

でもね、思うんだけど、この先生は生き神らしいんです。
神って怒りませんよね?
人間なら怒っても神は怒らないはず。
(※よく「あの人は神様のような人だ」って言うけど、その人は怒らない人でしょ?)
だから神の如き人間は決して怒りません。
(※いくら優しくて親切な人でも、くだらないコトで怒る人は「獣レベル」なのです)
神ならもし、無礼なことがあっても(しょうがない奴ぢゃ)と苦笑するはずよね。

私はこの先生は、かなり人間が出来た神に近い人だと思います。
問題は会員たちです。
自分達は「良いこと」「良い生き方」をしているのだ、という
わからなさがハッキリとわかりますね。
この人たちは神に近い先生について離れず、自分では何一つ判断できずに
いるんだけど、それを自覚するほどの頭は勿論ない。
仲間で集まって満足しているだけなんです。
が、仲間内でもいろいろと問題があるらしい。

先生は優しいけれどキツイことも言うらしい。
これだけ会員がわからずやなら、そうなりますね。
先生に叱られるのは会員は嫌だけど、受け入れるそうです。
自分ではわからないことだけど、先生が言うなら間違いはあるまい・・・と
思うんでしょうね。
これって親と子の関係ですね。
会員は先生に甘えているのです。

では、会員はいつ自立するんでしょうね?
一生先生に教えを乞いながら生きるつもりでしょうか?
私から見れば「これこそが地獄である」。

Sさんは私の手紙の一件から何かを悟り、それ以後この会とは徐々に
縁遠くなって行ったようです。
それからSさんは自分で「わかり難いことをわかる訓練」をし続けました。
Sさんのわかり方(悟り方)の進み具合に比例して
暗かった子供もだんだん明るくなって行きました。

<上向き>(2005年9月2日)


そんなワケでSさん夫妻は大変貧乏でした。
ご主人のAちゃんは一年以上マトモに働かず、奥さんは幼児を保育園に預けてパート仕事。
この仕事場には変な人が沢山いて、Sさんは苦労したけど、それが勉強になりました。

Aちゃんさえちゃんと働けば、家計は楽になるのに、
フリーの職人になってしまい、当然仕事がないのです。
テレビは壊れたら買わない。
新聞もとらない。
我が家は(間違えて)新聞を3つもとっていたので一つをSさんにもらっていただく
ことにした。
新聞紙は何かと便利だから。
毎朝、私がSさん宅に届けていました。
そうしないと我が家は古新聞だらけになっちゃうからです。
それを一年はやったでしょうか。
これはお互いのために良かったです。

私はAちゃんを友人に紹介して仕事してもらいました。
他の人に頼むより安くしてくれるので皆、大喜び。
これもお互いのために良かったです。
どんなコトでもこれをやたら誰かが犠牲になるっていうのは良くないですね。
それをすることによってみんなそれぞれ利益がなければ。
あっちこっちと仕事を探してあげていたらだんだんAちゃんの機嫌が直ってきた。
その間Sさんも「わかり難いことをわかる努力」を続けました。

すると「臨時教員」を募集していたのでSさんが申し込んだところ、
採用され月々安定した収入が得られるようになった。
Sさんは「何かをやりたい」という気持ちが大変強く、
あちこちに首を突っ込んでは「運動」していましたが、
それも落ち着いてきました。
自分がちゃんとした仕事に就いたらそういうことを求めなくなったのです。

Aちゃんの方もだんだん仕事の声がかかるようになりました。
Aちゃんは職人なので日給が2万円です。
天気の良い日じゃないと出来ない仕事だから、月のうち仕事できる日は限られています。
でも、もし25日働いたら・・・
私   「もし、Aちゃんが25日働いたら月収が50万円かい!」←すぐ、そういう計算をする私。
Sさん 「あはは。でも、天気が悪い日があるからそうはいかないんだよ。」
私   「じゃぁ、20日間働いたら40万円だね?」
Sさん 「うん、そうなるよね。」
私   「それって凄くないかい?」
Sさん 「でも、そこからガソリン代とか、諸経費がかかるし、雇用保険とかないし、
      全部自分でしなくちゃならないよ。
      月の半分仕事があればいい方だし。。。」
私   「そっか。」←殆ど自営業のことをわかってない人。
私   「でもさ、すっごい稼ぐよね!いいよ、休みなんかなくたって。
      月に30日働いてもらおうよ。」←ムチャクチャ。
Sさん 「あっはは!」

いろんな要因が良い方へ変わり、心が上向きになると同時に
夫婦仲も経済状態も上向きになったのです。
そして、子供の表情も明るくなったのでした。

最初Sさんに会った時から、こうなるまでに3年かかっているでしょうか。
心を変えるぞ・・・と決めてからそのくらいの時間は必要ってことですね。
Sさんは元々素質が良いので早かったです。

職人のAちゃんには今でもたまに仕事を頼んでいますが、
料金をなかなか受け取ってくれません。
「 if  さんはタダでいいよ。」と言うんだけど、
それじゃ却って後で仕事を頼みづらいので払ってますよ。
でも、とても安いので助かります。

「こんなところ、大嫌いだ!」と言ってたAちゃんも、やっとこの土地を気に入ったみたいです。

<わかるということ>(2005年9月9日)


ここまで書くと私とSさんの仲が順調だったように思われると困るので書いておきますね。

Sさんに限らず全員が「自分にわからないことを、わかることが困難」です。
勿論私もそう。
それで、人は自分にわからないことを忠告・注意・叱責されると感情的に反応します。

タイプの違いにより、それは「怒るか泣くか」のどちらか。
わからないなら「目が点」になるとか、「わからない」と、はっきり認識すれば良いものを、
自分がわかってないということがそもそもわからないので、
自分に理解できないことを言う人を感情的に憎むのです。
(この反応にも強い・弱いがありますが)

SさんはSさんよりもモノがわかった人がみれば、ハッキリ言ってダメな育児をやってました。
それを放っておいてもいいし、殆どの人(ただしSさんより上手な人)は何も言わない。
Sさんよりもわからずやの人は、Sさんが変な子育てしてても、それがわからないから
何も言わない。
(※よく十人中、本当のことを言うのは一人、と言うけど、こういうことです)
何故なら「言ってもわからない」ということを経験で知っているからです。
だから、わかってても、普通は言いません。

そういう人達の中でSさんに忠告したのが
●お姉さん
●宗教がらみの友人
●私
だけでした。

お姉さんは姉妹だからSさんの性格を知り尽くしているし、親戚だから見て見ぬ振りを
するのは一生禍根を残すから忠告する。
また、姉妹だから遠慮はないし。
宗教がらみの友人は、心と行動を改めるというのが宗教の目的でもあり
忠告するということは教義に乗っ取ってるからです。
そして、私も普通なら関係ないから余計なお世話はしないんだけど、
「目に余ったから」です。
少々のことなら感じない方なのと、もっと観察した方がいいな・・・と、思うから
殆ど言いませんが。
でも、Sさんは高校の後輩にあたり、一応インテリだな・・・と思ったので
「わかり難いことも、理屈で、頭では理解できるだろう」と、思ったのでした。

でも、いくら頭が良くても善良でも、知能指数が高くても学歴が高くても
「わからないことは金輪際、頭の中のどこを探してもわからない」のでした。
そして、中途半端に忠告すると気分を害して(感情的に反応して)終わり・・・というのが
99%です。

案の定、Sさんにはどうしてもわからず、頭で必死に考えてもわからず、
だんだん私の言うことに、感情的に反応するようになりました。
私は(あ、怒ってるな)と思うけど、お構いなしに言い続けます。
恨まれてもいいや・・・言うことは言っておこう・・・です。
何故それが私に出来るかというと「誤解はする方の責任」だから。
私は私の任務を果たすだけ。
だから、誤解は怖くないですね。
あ、99%の人は誤解します。
少なくても90%は誤解しますね。
でも、ここで「誤解されたら嫌だ、されたくない」ってのも根性が小さい。

人間がわからなくても、神ならわかってるから、いいや。
と、考えるのです。

それと、話のわからない人と付き合うのは面白くないからゴメンなので、
付き合う以上は話をわかって欲しいな、という、自分のためでもあります。

ともかく自分にわからないことは、自分の理解の範囲を超えていて、
頭の中のどこを探しても答えはありません。
わかるときは(あああーーー!コレがわからなかったんだぁ!)と、
わかった時初めて「自分が今までわからなかったことがわかる」のです。

では、わかりようがないじゃないか。

と、思うかもしれません。
でも、方法はこれしかないのです。
本当に、心の底からわかりたいと思って、毎日を過ごしていると、
或る日突然(あああ、これだったのか!)と、わかる。
これを「悟る」というそうです。
「奇跡」とも言います。
何も考えてない人は悟れません。
ただし悟るという言葉に宗教的な意味はありません。

Sさんは途中、やはりやや感情的になったけれど、或る日「ふりかけを娘のご飯にかける」
ということをして、初めて「悟った」のでした。
一度悟れば(わかれば)あとは、一生それを繰り返せばいいんですよ。
特別なことは何もしなくていいんです。

Sさんは教員なので、この「わかり方」を知ってることは必須条件です。
(※教員の問題は勉強だけ出来て、わからずやがやってるからです)
他の教員よりもSさんはずっと仕事をし易いんじゃないでしょうか?
そして、判断力が増すので職場やグループでは一番、判断力がある人になれる。

生徒は子供だけど、相手が大人でも「自分よりもわからずやの言うことはきかない」から
Sさんが判断力で勝っていれば、生徒も言うことをききます。
(※ただし、わからずやの生徒はいうことをきかない。大人もそう)
(※学級崩壊とは、判断力のない教員のクラスのことです)

以上、わかり方の実例としてSさんの場合を紹介しました。
3年間ほどSさんとは深く付き合って「わかり方」を伝授しました。
これをやるのは本当は面倒臭いんだけど、それにも関わらずやった理由は
「Sさんが可愛い後輩」だから。

これでSさんの場合を終わります。